16話 中央
その日の夜……といっても空は常に夜なのだが。零は夜千夏に呼ばれ、臨時都市の中央に来ていた。零たちが住んでいる居住区とは違い、やや発達しているようにも思える。
巡回をしている兵士も多く、かなり重要な施設があるようだ。装備はかなり整っているらしく、一人一人が重火器を持っている。
そんな中央区の中で、異様な雰囲気を放つ建物があった。他の建物の数倍はあるかという大きさで、外壁は何かの合金で覆われているようだ。強度を限界まで高めているらしく、正に要塞という言葉がぴったりだった。
入り口に着くと、見張り番の兵士に声をかけられる。夜千夏に呼ばれたと告げると、兵士が無線で確認をとった。確認をとった兵士は零を中に案内した。
中に入ると、夜千夏が零のもとにやって来た。
「来たわね」
零は頷く。夜千夏がもと来た方に身を返して歩き出したので、それに着いていく。入り口から真っ直ぐ行くと、エレベーターがあった。エレベーターで向かった先は、最上階である七階だ。扉が開き、通路に出る。ここは一階と比べ、若干だが、内装が豪華に見えた。
「ここよ」
夜千夏が立ち止まる。中にはおそらく、臨時都市を立ち上げた人物がいるのだろう。ノックをすると、「入るといい」と声が返ってきた。
夜千夏が扉を開ける。そこに居たのは、四十を過ぎたかというくらいの男性だった。鋭い眼光と、短く切られた髪。弱々しさはなく、むしろ力強さを感じさせる。一般人ならば気圧されそうなほどの覇気を持っていた。横には、二十歳くらいの女性がいて、こちらは髪が長いのと眼鏡をかけている、といった特徴しか見当たらない。
「よく来たね。私は水野、この臨時都市をまとめている者だ」
水野と名乗った彼は、二人に腰かけるように促した。夜千夏はソファーに腰かけたが、零はこのままでいいと断った。
「君が鳴神零君だね? 噂は聞いているよ。夜千夏君の仲間で、刻印魔導士の一人だとか」
刻印魔導士という言葉は初めて聞いたが、夜千夏曰く、体に走っている光を見て、そう名付けられたらしい。特に困ることはないかもしれないが、名称があった方が便利だろうとのことだった。
「二人とも、喉は乾いているかね? 志宮君、お茶を淹れてきてくれ」
零が頷く前に、水野は志宮と呼ばれる女性にお茶を淹れるように言った。零は出されたお茶を一口飲むと、口を開いた。
「それで……俺に何の用だ?」
「君に頼みたいことがあるんだ」
水野はお茶を一口飲むと、話し始めた。
「知っての通り、ここ臨時都市は安全を保証されている。今までに何度も襲撃に遭ったが、未だに死者の一人も出していない。それは、ほとんど夜千夏君のおかげだろう」
零は夜千夏を見るが、夜千夏は当然、といったように笑みを返した。
「夜千夏君は特別な力を持っている。詳しくは教えてもらえないのだがね」
水野はお茶を一口飲む。彼は零を見詰め、口を開く。
「そして、零君も同じ力を持っている。そうだろう?」
零は自分のコートの内側にあるものを見る。長い戦いを共にした相棒であり、この世界に存在するべきではない代物。二丁の魔導銃だ。
「私は、君の力も借りたいと思っているんだ。夜千夏君は凄く頼りになるし、それこそ、一人でも臨時都市を守っていけるかもしれない。しかし……」
水野は夜千夏を見る。すると、夜千夏は上着を脱いだ。胸元を大きく開けた、革製の胸当てだけになるが、見るべきはそこではない。夜千夏の左腕には、物々しく包帯が巻かれていた。
「前に、大規模な襲撃を受けたのよ。回避しきれないと判断したから、左腕で受けた……それだけよ」
自身の怪我を見詰め、夜千夏はため息をつく。
「俺に、如月と共に戦えと……そういうことか」
「ああ」
水野が肯定する。夜千夏は名字じゃなくて名前で呼びなさい、と言っているが、気にしない。
「無論、こちらからも見返りは出そう。襲撃の頻度はそう多くはない。敵の襲撃時だけでも、手伝ってはくれないか?」
「……わかった、俺に出来ることはしよう」
「ありがとう」
礼を言ったのは夜千夏だ。
零が了承したことでやるべきことを終えたらしく、水野は大きくのびをする。零が帰ろうとすると、水野は何かを思い出したらしく、志宮に声をかける。
「志宮君、あれを」
「はい」
志宮は零に歩み寄ると、ポケットから小さな端末を取り出した。
「これは通信用端末です。念のため、持っていてください」
専用のイヤホンとセットで渡された。零はそれを受けとると、一礼をして部屋を退出する。夜千夏も後を追った。
二人が退出し、室内が静まり返った。静寂の中で、水野はこれからの臨時都市について考え出した。
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