13話 合流
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いつの間にか星は消え去り、闇となった空の中心では赤い月が不気味に輝いていた。辺りは身を刺すように冷え、体感温度は真冬以下となっていた。
「逃げるぞ!」
辺りに零の声が響き、皆が走り出した。石井と佐倉が六花をかばうように走り、零が魔族の攻撃に備え、後ろを警戒しながら走っている。
しかし、距離は全く広がらず、かなりあったであろう距離は、すでに十メートルを切っていた。零一人ならば逃げ切れただろう。しかし、今は六花と石井、佐倉の三人がいる。彼らをかばいながら逃げるというのは、いくら零であろうと不可能だった。
戦うという選択肢は無いに等しい。あの魔族の力量は戦わずとも窺い知れる。それほどまでに圧倒的な覇気を持っていたのだ。戦ったとして、気圧されてしまい、思うように動けないだろう。
いくつかの爆発音、刹那、周囲のアスファルトが砕ける。迷っている暇はない。何をどうすれば最善なのか、答えはすでに出ていた。
零が後方へ向きを変え、魔族に攻撃を仕掛けた。銃を乱射しながら一気に間合いを詰め、懐に潜り込んで膝蹴りをする。光弾は全て躱されたが、急に反転した零に反応しきれず、膝蹴りは魔族の体を捉えた。
鈍い音と共に、呻き声が聞こえた。すぐに体勢を整えた魔族を見据え、零は二丁の銃を構える。
零が戦闘を開始したことに気づいた六花が振り返る。
「零さん!」
心配そうな表情で見つめる六花だが、石井に促されて走り出す。これで良かった。罪は償った。零はそう呟くと、魔族の方へ飛び込んでいく。
「魔力解放」
全てを終えた。少なくとも、零の中ではそう思っていた。散弾は全て撃ち落とされ、さらに追撃が来た。閃光は躱すことが出来ない体勢の零を捉える。
「――っ!」
痛みはなかった。気が付けば目の前には佐倉が倒れていた。
「なぜ……」
六花と共に逃げたはずの佐倉がなぜここにいるのだろうか? 零は佐倉に駆け寄る。
「すまない」
痛みを堪えながら、佐倉はそう呟いた。
「私のせいでこうなってしまったのだ。だから、私がやらなければならない」
零は黙って彼の言葉を聞く。彼なりの償いなのだろう。
「君には今、戦意がないようだね? 死ぬつもりで戦ったら、勝てるものも勝てないだろう」
佐倉はそう言うが、実際に勝てないのだ。今さら気持ちがどうと言われようと、どうしようもなかった。
「奇跡を信じてみようじゃないか。私が盾となって稼いだ時間。零君が魔族に全力で挑む時間。奇跡が起こる確率は低いが、時間は長い方が可能性は高まる。そうだろう?」
苦しそうに呼吸をしながらも、佐倉は力強く説く。彼がこうまでしてくれているというのに、自分が弱気になっていてはいけない。そう、戦わなくては。
「すまない」
零はそう言うと、佐倉に背を向ける。魔族は、零と佐倉のやり取りを楽しんでいたかのように笑みを浮かべていた。それが零の感情を刺激し、怒りを生み出す。
体に光を走らせる。浮かび上がった印はいつもより複雑で、美しい赤に輝いていた。赤い月に照らされ、まるで世界そのものと一体化しているかのようだった。
「行くぞ」
銃を前に突き出し、交互に撃っていく。いつもより弾が速く感じる。当たりはしないものの、魔族には反撃する余裕はあまりないらしく、たまに閃光が見当違いの方向に飛んでいくだけだった。
「はっ!」
銃を下ろし、一気に間合いを詰める。銃から解放されたばかりの魔族には、零の攻撃を回避する余裕など無かった。空中に蹴り上げ、的と成り果てた魔族に光弾を撃ち込む。数発ほど撃つと、魔族は力無く、人形のように落下した。
魔族は片付いた。早く六花たちのもとへ戻らなければ。そう考えて反転しようとしたが、何か違和感を覚えて零は振り返った。直後、強い衝撃を受けて弾き飛ばされた。
体勢を整えながら着地する。攻撃をしてきたのは先ほどの魔族だった。しかし、何か様子がおかしい。先ほどとは全く違う様子で、意思がないように見えた。
「操られている……のか?」
考える間もなく、再び戦闘が始まった。
六花は無我夢中で走っていた。少しでも考え事をすれば、囮になった零のことを思い出してしまう。全ての感覚を手放して、出来るだけ何も考えないように走っていた。
どれだけ走っただろうか。まだあまり走っていないような気がするが、とても長い間走っていた気もする。この時間が早く終わってほしいと、六花は願う。
「六花ちゃん!」
石井の声ではっと我に返る。何回も呼んでいたのだろうか、声が大きく感じた。六花は立ち止まる。
「ここまで来れば大丈夫だろう。出来れば、少しだけ休みたいんだけれど」
石井は苦しそうに呼吸をしている。無我夢中で走る六花を守りつつ、辺りを警戒しながら走っていたのだから、相当体力を使っていただろう。
六花は頷き、近くの瓦礫に腰かける。石井はアスファルトの上に体を大の字に広げて寝転がった。石井が呼吸を整えている間に、六花は佐倉がいないことに気がつく。
「あの……佐倉さんは?」
「実は、俺にもわからないんだ。いきなり姿を消してしまったんだ。危険な目にあっていなければいいが」
石井は走ってきた道のりを見据えながら佐倉の身を心配する。数秒ほどして、石井は六花に向き直った。
「六花ちゃん、ここで待っていても魔族に襲われるだけだ。先を急ごう」
「でも、佐倉さんがまだ……」
六花は佐倉がいない状態で先へ進むことを躊躇う。しかし、石井はそれを許さず、六花を説得する。
「今は逃げるのが先決だよ。せっかく零くんが時間を作ってくれたんだ、躊躇っていたら彼の努力が無駄になってしまう。」
佐倉の言う通りだ。足を休めるにはまだ早い。今は、出来るだけ遠くに行かなくては。そんな結論を出しかけ、ふと、自分の頬を伝うものに気づく。
「あ……」
涙だった。魔族から離れたせいか、月はいつも通り煌々と輝いており、その光を反射した涙は輝きながら流れている。まるで、光が溢れだしているかのように。
「六花ちゃん……」
石井は、そんな彼女を憐憫の表情で見つめる。こんなに連続して別れがあっては、彼女の心はいつまでも持たないだろう。
何か励ましの言葉が無いか、石井は模索するも、見つけることが出来ない。ようやく彼の口が開きかけたところで、不意に、後ろから声をかけられた。
「あなたたち、避難所の人たちかしら?」
そこにいたのは、大きな鎌を背負った背の高い女性だった。多少吊り上がった目とニヤリと笑みを浮かべる口元。モデル体型と言うべきか、スラリと伸びた背と、くびれた腰。黒髪は長く腰辺りまで伸び、服装は露出が激しい。
「そ、そうだけど」
石井が慌てて返事をする。六花は涙を拭いつつ、女性の方を見る。
「あの、あなたは?」
「私? そうね、自己紹介をした方がいいわね」
彼女は二人に向かい、自身の名を告げる。
「私は如月夜千夏。今は、臨時都市の戦闘部隊を率いている、部隊長よ」
戦闘部隊と聞いて、二人はキョロキョロと辺りを見回す。しかし、彼女以外に見当たる人物はいなかったため、再び視線を夜千夏へ戻した。
「今回は単独行動よ。その方が早く着けるもの」
部下は正直、あんまり要らないのよね、彼女はそう付け足しながら、肩にかかった髪を後ろへ払う。
「それより、他の生き残りはどこかしら? 情報だと、あと四十人は居るって聞いているけれど」
「それが……」
六花はここまで来た経緯を話す。そして、全てを聞き終えた夜千夏は背中に背負ったか大鎌を手にとると、二人にこう告げた。
「零を助けに行くわよ」