12話 罪人
「な、なんてこった……」
避難所の惨状を見て、石井が膝を着いて天を仰いだ。地下に掘っていたために上からは気づかれないと思っていたのだが、期待は裏切られた。地上の、ちょうど避難所のある場所に大きな穴が空いていたのだ。
まだ生き残りはいるのだろう。中からは激しい音が聞こえてくる。時折聞こえる断末魔に、六花は思わず耳を塞いだ。しかし、すぐに零によって手を退かされてしまい、再び音が聞こえ始めた。
震える六花と放心状態の石井を見て、零は判断を渋る。このまま二人を置いて自分だけで助けに向かえば、気力を失った二人は敵の良い的になってしまう。だが、助かる命を見逃すほどの冷酷な人間にはなれない、なりたくなかった。
「おい」
二人の肩を揺さぶる。ハッと我に返った二人に、零は告げる。
「俺は中に救助に向かう。しかし、お前たちを置いていくわけにはいかない。だから、ついてこい」
零はそう告げた。二人は顔を見合わせると頷き、気合いを入れ直す。
「行くぞ」
零はそう言うと、避難所の中に飛び込んでいく。零の後に続くように、二人は走り出した。
外から見ただけでも悲惨だったが、中に入るともっと悲惨な光景が広がっていた。むせ返るような血の臭いは、ここを死守せんと戦った男たちのものだろう。しかし、死体は見当たらない。魔物が残さず喰らったのだろう。六花や石井のことを考えると、死体が転がっていない方が幾分かマシかもしれない。
奥へ歩み進めるが、敵は見当たらない。音は聞こえているため、相当奥にいるのだろう。周囲の警戒を怠らず、かつ歩みを速める。音は徐々に近づいてくる。
「待て」
手を出して二人を制止する。前方を見据えると、そこには数えきれないほどたくさんの魔物がいた。そして、その魔物の狙いは佐倉だった。取り囲まれてしまった彼は、涙を流しながら体を震わせる。
「誰か、助けてくれ……」
魔物が動くのと同時に零が動いた。体に赤い光を走らせると、銃を構える。静かに狙いを定めると、今までとは違う、沢山の光弾を撃ち出した。
「魔力解放」
銃から同時に射出された光弾は、寸分の狂い無く、確実に魔物たちの急所を捉えていく。一瞬で敵はいなくなり、助かったことで安堵したのか、佐倉は気を失った。
佐倉を六花と石井が支え、そのまま地上へ出た。無線機の回収も忘れずに行い、安全を確保した。
目を覚ました佐倉は、崩れ去った避難所を見詰める。そこにはもう、誰もいない。食料も全て台無しになり、全てを失ってしまったのだ。
「あ、あぁ……」
焦点が定まらず、呻くように嗚咽する。涙はすでに枯れてしまっていた。
「まだ、私たちは生きてます。まだ、希望はありますっ!」
六花が佐倉に言うが、彼は余計に悲しそうな表情をした。
「私が悪いんだ。私の判断……いや、私の我儘が皆を殺してしまった」
いつになく真剣な表情の佐倉を見て、六花は首をかしげる。六花には、特に佐倉が責められるようなことは見当たらなかった。
しかし、零は気が付いていた。この反応を見て、ようやく確信を持てたのだ。
「佐倉。あんたは臨時都市に、そして避難所に嘘をついた。そうだろう?」
六花には、零が言っている言葉の意味が理解できなかった。そして、佐倉がそれを肯定したことで、余計に頭がこんがらがってしまった。
佐倉は語り出す。
「私は、常に人の上にいた。市長として、私は皆の上に立つことが生き甲斐だった」
佐倉は苦しげに語る。
「そして、この避難所でもそうだった。指揮者として上にいられた。いつから私は狂ってしまったのか、今の私には検討もつかない」
いつもの卑しい笑みはなく、そこには紳士的な、皆を導くに足るような男がいた。
「臨時都市に行くのが怖かった。もしかしたら、あちらではただの市民、権力の一つもないのではないか、そう考えると不安で、いてもたってもいられなくなった。おそらく、この避難所の指揮者になったときには、私はすでに狂っていたのだろうね」
佐倉の告白を聞き、ようやく六花は事情を理解した。そして、六花が彼に対して抱いたのは憎しみや怒りではなく、同情に近いものだった。
「私は、罪を犯した。自分の欲求のあまり、人を殺してしまった」
私は罪人だ。彼はそう呟くと、俯いたまま黙り込んでしまった。六花が彼を慰める言葉を見つける前に、零の声が辺りに響く。
「逃げるぞ!」
零が舌打ちをした。いつになく焦っているように見える。先程までは気配の一つすら感じなかった。彼の視線の先、そこに音無く現れたのは、狂気に顔を歪めた魔族だった。