1話 少女
2作目の作品です。しばらくは不定期投稿になりますが、ご了承ください。
暗闇の中を、少女は無我夢中に走っていた。
月は煌々と輝き、身を刺すような冷気が少女を襲う。
静寂の中、自身の足音と吐息、そして背後から迫る何者かの足音だけが響いていた。
背後から、幾つかの閃光が走る。直後、炸裂音と共に、少女の周囲にある地面が吹き飛んだ。
「あっ!」
爆風によって体が飛ばされ、倒れ込むように地面に着地する。
体中が痛む。アスファルト叩き付けられ、体の節々が悲鳴をあげていた。厚手のコートとズボンを着ていたお陰か、出血は無いようだ。
考えている暇は無かった。目の前には、少女の命を奪おうと、何者かが手を翳していた。
少女は戦慄く。眼前に迫る死は、戦いには無縁なはずの少女を獲物と定めた。
一体、いつからだろうか? この世界は、いつから死が蔓延する地獄と化したのだろうか?
気が付いたときには、既に手遅れだった。見慣れた景色は風化して崩れ去り、人々の喧騒さえ聞こえない。月は常に空の中心に居座り、日が昇ることはなくなった。
――そう、世界は崩壊したのだ。
「お願いします! 私も連れていってください!」
栗色の長い髪を揺らしながら、少女は頭を下げた。その声色と表情からは少女の真剣さが伝わり、男の判断を渋らせる。
男は顎をポリポリと掻くと、どうやって少女を説得すれば良いかと頭を悩ませる。
「うーん、確かに気持ちは嬉しい。人手も不足しているし、六花ちゃんが来てくれるなら本当に助かるよ」
男は少女――六花に対し、その考えが正しいことを肯定する。しかし、男は頭を悩ませる。
「しかし、だ。物資調達とはいえ、魔族と遭遇しないとは限らない。こういう危険なことは、俺たち大人がやるべきなんだ」
男が言うのは、子どもだからという偏見ではなく、本心から少女の身を案じているのだろう。三十歳を過ぎたくらいの男は、我が子を心配する親のように少女に言い聞かせる。
「でも、私だけここに残るだなんて無理です! 少しでも、皆さんの役に立ちたいんです!」
互いに善意を持って言っているためか、男は少女の行為を否定出来ず、かといって肯定することも躊躇われた。
なぜなら、今、この世界に平和などということはないからだ。
人口は何十分の一、いや、もっと少ないだろうか。かつて情報が飛び交っていた世界とは比べ物になら無いほど、今は情報が枯渇していた。
外部との通信はおろか、他に人がいるかもわからないような状況である。故に、そんな危険な場所に六花を連れていくということが、男には心配でならなかった。万一、六花が魔族に殺されるようなことがあったならば、男はその現実に耐えられないだろう。
しかし、六花にこれだけ懇願をされれば、男は断ることが出来なかった。
「わかった。ついてきて良い」
「本当ですか!」
男が肯定するように頷くと、六花は先ほどまでの真剣な顔つきからは一変し、嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら飛び上がった。
「石井さん、私、頑張ります!」
石井と呼ばれた男は、六花の笑顔を見て、思わず口元が緩んでしまう。それだけ、六花の笑顔が人を幸せにするということだろう。
同時に、自分の身を挺してでもこの子を守らなければと、石井は肝に命じた。
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