2話目
コツ、コツ……。
闇に包まれた港にとある男の乾いた足音が響き渡る……。
「ここ……か……」
その見上げる先には、大きな船。
(どうやら送り主は島に運ぶつもりだな……。いや、船の上が『園』なのかも知れない)
そんな事を考えてる男の名前は十文字吾郎。漆黒のスーツに身を包んで、立ち止まっている。
この男はとても優秀な探偵だ(だからこそここにいるのだが)。
それ故、立ち姿もどこか威圧的なものがある。
そんな探偵は船に向かっている。
見るからに豪華なのだが今から地獄にでも向かうような禍々しさがある。
「「招待状を」」
中に入ろうとした探偵こと十文字は警備員のような者×2に止められた。
同時に喋るなよ、十文字は心の中で呟いたが口には出さない。
「えーっと……待ってくれ」
そう言って十文字は着ているスーツのポケットの中を探し始めた。
というのもつかの間、お あったあった、という声と共に十文字は招待状を差し出した。
「「では、この紙をどうぞ」」
「「招待状を確認しました。10人が揃った為、出発準備が整い次第出発します」」
と1人は十文字の説明を、1人はトランシーバーへ連絡を入れてた。
「「では、お入りください」」
またもや不気味に喋った警備員を尻目に十文字は船の中に入っていった―――。
船の中は外見通りとてつもなく豪華な装飾が施されていた。
入って直ぐに在るのは、ロビーのような部屋だった。
しかし、そこにはホテルマンや受付の者しか居ない。つまり、客と呼べる者が誰も居なかった。
(ふむ。ここに居ないとなると、俺以外の客『9』人は他の場所に居るな……)
と十文字は当たり前の推理を展開していた。
すると、1人の男が音も無く十文字の後ろに忍び寄ってきた。
ビクッ! と驚いた様子で素早く振り向いたが、その必要は全くない。背後に忍び寄ったのはただのホテルマンだった。
「お荷物をお持ちしましょうか?」
(驚いた……。人なんて居たのかよ?)
そのホテルマンはにこにこと笑いながら(営業スマイルと言う)話しかけてきたが、十文字は始終疑わしげにみてた。
それを見たホテルマンは……笑みを変えた。心の底から笑っているような表情に……。
そして、
「そうです。それでいいんです。我々は集められた優秀な者達だ。これぐらいの警戒はあって当然……ですよね?」
必要は……あった。
その男はホテルマンなんかではなかった。
しかし、十文字は微動だにしなかった。
恐怖で立ちすくんだから―――――
では無い。
ただ単に、敵かどうかの判別をしているだけだ。
「警戒をするのは当然だ。お前のことは謎なんでなっ!」
そう言って、十文字は後ろにいる男へ向かうように、半回転した。
―――そして、首に腕を回して押さえ付けた。
「お前は誰だ。それを言ったら放してやる」
「……。手厳しいことだ……」
がっ! 十文字は腕の力を更に込める。
「つっ……。分かったよ。俺はスパイだ」
「スパイ? この招待状のことについて調べに来たのか?」
いや、違う。と内心では十文字は自分の意見を否定していた。
「いえ、此処へは、純粋に主催者に呼ばれただけですから」
「だったら名前を言え。嫌なら腕をへし折る」
スパイと言う男は、謎のため息をつき、告げる。
「……。私は………『Mr9』」
……………。沈黙と十文字の呆れ顔が印象的だ。
「この期に及んでふざけるか……。よし、折ろう」
それを聞いたスパイ―――もとい『Mr9』―――は、めんどくさそうな顔で、十文字を一瞥した。
そんな顔を見て十文字も手に力を入れるのをやめる。
「物騒なこと言って脅かすのもいいですけど、その前にちゃんと確認するべきことは確認してください」
「確認……」
「それですよ、それ。その紙」
『Mr9』の示す先には、この船に入った時に渡された紙がある。
そこに書いているのは、十文字宛と書かれた文であった。
「……ここから先、名乗るときは『Mr10』と名乗れとあるな……」
それを聞いて、『Mr9』は頷く。
「そういうことです。ここでは、情報が知られるのは良いことではありませんからね」
そう言って立ち去ろうとする『Mr9』を十文字は止める。「待て!」
「何ですか? これ以上喋る気はありませんよ」
「今、ここでは、と言ったな。この件について何か知っているのか?」
そう言って、十文字は、招待状と呼ばれる手紙を指し示す。言わずもがな、『解決者の園』についての質問ということだ。
「相当がっつきますね。あなたらしくない」
「そのことについてもだ。お前は、俺のことを知ってるようだが何処まで知っている」
十文字は多少ながら危惧していた。得体の知れない者に、情報を知られているという事を。それは、『Mr9』の言うように、少々焦った、らしからぬ行動として表に出ていた。
そうなるのも当たり前だ。彼は、自分の命の危機をリアルに感じているからだ。
『解決者の園』と呼ばれる場所に呼ばれたのにもかかわらず、まだ姿を見せていない事件。
情報が、少しの情報が危険という事実―――現に、名前を教えるのも許されていない―――。
その結果、十文字が必要以上の警戒心を発することとなっている。
「何処までって、そりゃ、今言ったことぐらい……ですかね? 私は十文字さんの……いえ、『Mr10」のファンですから」
「くっくっく」何故かは知らないが、十文字が笑い始める。そして、続ける。「やはり、お前か……」
これまで、刑事としてやっていて、数々の賞を貰っている十文字は、警視庁では半ば伝説の男として、永遠に記録に残っても良い男だった。
「そうですよ、あなたをもう一度、助けるためにきました。今度こそ、守られる立場ではなく守る立場になる為に」
スパイの眼に光が灯る。十文字の意識は、豪華な船から離れていく。
そして、十文字は思い出す。
ああ、あの時の眼だ。
このスパイを俺は知っている。
敵であり、仲間であり、後輩だ。
そして、自分の人生をも思い出す。
伝説の男になるはずだった。漢が、探偵になったきっかけになったあの時。
永遠に記録に残っても良かった男が、『だった』という存在で終わった。
あの時――――