異視界メリーゴーランド
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
へえ、男の人のほうが、色覚多様性が生じやすいんだねえ。
どうも色覚異常系はX染色体に含まれるらしくって、女性の場合はどちらのX染色体も色覚異常を持っていないと発現しない。対して男性は、X染色体とY染色体の組み合わせだから、そのX染色体が色覚異常を持っていると、そのまま表に出てくるのだとか。
その確率、おおよそ5パーセント。20人に1人くらいは、みんなと違う色が見えている可能性があるわけだね。これ、けっこう多いように感じられるけれど、どうだろ?
みんなと異なる視界。ロマンを覚える要素があるのも確か。でも、不便になるタイプであったなら避けたいとも思うねえ。
僕も少し前に、ほかのみんなとは異なる視界を体験したことがあるんだ。そのときの話、ちょっと聞いてみないかい?
正常な視力の人が眼鏡をかけると、かえって視力が落ちる。よく言われていることと思う。
もともと、眼鏡の度数は扱う人によって調整されているもの。それが合っていないとなれば、眼に余計な負担がかかってしまい、なお視力へ悪い影響を及ぼす……とされる。
けれども、普通に暮らしていたら出会えない景色には興味も湧くもので。互いの眼鏡を交換して、かけあうことは一時期クラスで大流行りしたよ。
僕は普段、眼鏡をかける必要がない人だったけど、他のみんながいろいろつけてみろとせがんでくるものだから、いろいろな度数の眼鏡を相手にしたんだよね。
度の強さでぼやける視界に目を回しかけながらも、やがて僕は景色の中へ混じってくるものに気付く。
三角形の屋根と、そこから垂らされた無数の糸や紐らしきものたちが、コマのようにくるくると回っている。
メリーゴーランドだ。その姿を見て、直感したよ。
いくつめかの眼鏡をかけたとき、そいつは視界の中、ずっと遠方に現れた。今いる教室の中よりはるかかなた。当初はゴマ粒ほどの大きさにしか思えず、判断がつかなかったよ。
でも、眼鏡を取り替えていくうちに、そいつは少しずつだがこちらへ近づいてきていた。大きくなっている。
裸眼だとこいつは見えない。かといって眼鏡の汚れとみなすには、あまりにも多くの眼鏡に共通しているし、動きも激しすぎる。
クラスみんなの眼鏡を一通りかけ終わったときには、すでに窓の外10メートルそこそこの位置まで近づいていた。
遊園地で見るそれのように、吊られながら回っているのはお馬さんではなく、スポイトのゴム球を思わせるふくらみたちばかりだったよ。
眼鏡タイムが終わり、彼らともすっぱり縁切れ……となれば良かった。
けれども、何度も目にした影響か、あのメリーゴーランドが映っていた窓の外に、ぼんやりと影になってその形が浮かんでいたんだ。
見すぎによる残像か? とも思ったけれど、確かに回転している姿はうっすらと見えるし、やはり少しずつ近づいてきてもいる。
他の眼鏡をかけているみんなに、それとなくおかしなものが見えなかったか尋ねてもみたけれど、なんともないという。
そうしているうちに休み時間も終わって、授業のはじまり。先生もやってきて、僕たちも机へ向かったよ。
先生が黒板を向いている間とか、スキを見つけながら、僕はあのメリーゴーランドの様子をみる。あれからしばらく経ったというのに、ぼんやりとした影は完全には消えることなく、こちらへ近づいてきていた。
そしていよいよ、教室のベランダあたりまで迫ってきたように思えたんだ。
次の瞬間、教室後ろの窓が大きく割れる。音で、みんなも一斉にそちらへ目を向けたよ。
困惑の色が顔に浮かんでいる。おそらくは、あのメリーゴーランドが見えていないのだろう。僕にはまだ見えている。
こうして教室の中にまで入ってきたのを見ると、高さはだいたい掃除用具入れのロッカーと互角。そこから回るスポイト球が、ロッカーの戸をがんがんと何度も打ち付けたのを皮切りにして、教室後ろの時間割などを表記した黒板。その足元に並べられた本や道具たちを、軒並みぶつかっては散らしていく。
みんなの騒ぐ声を気にも留めず、そのメリーゴーランドは空きっぱなしの教室の後ろドアから外へ出ていき、ほどなく新しく窓をぶち割る音を立てて、消えていったんだ。
廊下側の窓のひとつに大穴が空き、そこから空中を滑っていったんだよ。
案の定、みんなにはポルターガイスト現象のごときことと受け取られた。
あれから例のメリーゴーランドは見かけていないけれども、今も回り続けながら、どこかを荒らしているんだろうかね?




