ラポーレの灯
悲しみが枯れたあと、わずかな生気をまとい、ラズはひとりレストランへ向かった。
今まで希望にあふれていた道は、すっかり季節に染まっていた。
何処からともなく落ちてくる、木々からの手紙が、ラズの肩に再び舞い降りる。
ふと蘇る、肩への温もり。
思わず問いかける。
「あなたのいない世界で、私はどう生きていけばいいの?
私には… わからないよ」
うつむくラズの悲しみの雫が、地面に滲み、溶けるように消えていく。
「…ラズ、僕のラズ」
季節外れの暖かく感じたその風。
まるで、レイが、直接耳元で囁いた気がした。
「二人の愛は形になったじゃないか。
この愛が永遠であること、ラズが証明してよ」
ラズは、そっと目を閉じる。
その声の温度を、心の奥に染み込ませるように。
「あなたとの夢。そして、愛。
私に預けてくれるの?」
後ろ髪をなびかせる風に乗って、手紙は静かに、未来へと旅立った。
思わず目が追った先には、レストランの看板がかかっていた。
シャルル ラポーレ ラズ
その顔は、自然と前を向いていた。
カラン――
ドアのベルは、期待した客ではないことにがっかりしたような音を鳴らした。
あの時から、なにも動いていない店内。
飛び出したときのだろう。一報を受けた時のエプロンが床に落ちていた。
少し埃をかぶったテーブルと椅子。そして、置き去りにされたままの食器。
ただレイが思い入れていた、あの特別な席には、いつもの光が揺れている。
かつてレイが永遠を指で示した、あの場所をなぞるように。
「レイ…」
ラズの頬を伝う悲しみ色の雫は、もう枯れたと思っていた。
しかし、今この涙は決意の色にグラデーションしていくのを感じた。
ラズは、あの日から置かれたままの少し錆ついてしまったシェフナイフを手にとった。
虚ろな目のまま、食材も何もないプランシュ(まな板)の上を、静かにそのナイフで叩いてみた。
あの時の電話の記憶がよみがえり、目を閉じそして呼吸を整えるように左手を胸に添える。
「レイ…本当に私一人で大丈夫?」
揺れる木漏れ日にレイを重ねて、話しかけてみた。ただその光は、優しく揺れるだけだった。
幾度かゆっくりとナイフで叩いてみた。
その音は、レイとこの場所で過ごした希望の日々を、記憶の中から解き放っていった。
何度も作り直した料理。冗談を言い合いながら選んだ小物達。店の中を包んだコンソメの香り。
レイの笑顔…
幸せだった日々がプランシュの弾かれる音ともに溢れてくるように感じた。
「私も、あなたの夢…、きっと叶えてあげるから」
あふれる涙はそのままに、木漏れ日に、そっと微笑んでみた。
「だって、レイは、私と…そして私のファンでしょ?」
ラズは床のエプロンを拾い上げ、埃を払った。
腰で紐を固く縛り、時間が止まってしまった店内を、片づけながら、あの日まで巻き戻していった。




