漆黒の夜空
オープンの日
レイは、出かける準備をしながら、ポケットの中の、宝飾店でラズへ捧げる誓いのチケットを見つめた。
「どこか行くの?そろそろ店にいってオープンの準備始めないと」
レイはデザート用のスプーンの替えを用意し忘れたことを伝えた。
「そんなに遠い場所じゃないから、ラズは先にいって料理の仕込みお願いね?すぐ向かうよ。」
「大丈夫よ。数はそろっているんだから今日じゃなくても」
レイは、ばつが悪そうに視線だけ空に向けた。
「あ、、、でも、もし落としてしまったりしたら、最後の甘いひとときが台無しだろ?」
そう言ってラズに背を向けた。
玄関を出ようとしたその時、振り向きながら照れくさそうな笑顔でラズの方を向いた。
「シャルル クレア ラズ」
そう言い残して、近くの金物店へ向かっていった。
「もう、いつもより言葉が甘すぎない?私もシャルル クレアだよ レイ」
優しく微笑んで、レイの後姿を見送った。レイの背中は次第に小さくなっていった。
レイの手には、ひとときを甘くさせる小さな魔法のステッキが数本包まれたビニール袋があった。
そしてたった今出てきた店と同じ金色のロゴが印刷されている小さな白い紙袋がまるで嬉しそうにレイの指先に寄り添っていた。
「ラズの準備を手伝わないとな」
少しニヤけながら、レイは袋の中から小さな箱を取り出し、その中をやさしい視線で見つめた。
いつもラズに向けるそれと、同じ温度で。
その時
「ミアっ!だめっ!!」
女性の叫び声が、風に飛ばされた帽子を追う女の子に向けられた。
車が動揺のクラクションを響かせるが、女の子の目の前にまでそのスピードは変わらず迫ってきていた。
レイの体は勝手に反応した。反応してしまった。
女の子はレイに突き飛ばされ、向こう側へと転がるように倒れ込んだ。
アスファルトとタイヤが断末魔の悲鳴を上げた。
レイは、まるで他人事のように、その音の方へと目をやった。
炎のように、一瞬で迫ってくる鉄の塊。しかし一歩も動けなかった。
そして、無音の世界が訪れた。
「ラズ…」
咄嗟に浮かんだ、ラズの名前。
この愛しい名前を呼んでいた日々が、どれだけ尊いものだったのか、最後の時に知ることになった。
レイは、儚い時間の中で、ラズという愛しい旋律を聞いた、最初の日を探していた。




