運命の前夜
レストランのオープン前日。
シェフであるラズが恋人たちに振る舞うために、日々探求し続けた「ファリス クレア」のグランドメニューの完成を、二人はその特別な席で、ワインと共に祝った。
「ラズ、やっとここまでたどり着いたね」
乾杯のグラスを重ねながら、レイはラズの潤む瞳を優しくみつめた。
「レイ、明日、私たちの夢、一緒に叶えられるのね?本当に…」
声が詰まりそうになりながらも、レイの何かの強い意思を感じるような瞳に見入っていた。
レイは、ラズの料理から伝わるさまざまな感情を受け止め、最高の席での最高のラポーレに、二人の永遠の誓いを胸の中で唱えた。
「ラズ?『一緒』って意味の暗号、作ってみない?」
ラズは、溢れかけた涙を少し誤魔化すように鼻をすすりながら、答えた。
「いつもは寝転んで考えるのに、めずらしいわね?」
目頭を、少し指で拭いながらも、いつもの言葉遊びに心躍らせていた。
「いいわよ。じゃぁ一緒といえば……家族『ファミーユ』っていうのは?」
レイが一瞬、目を見開いた。まるで、自分の考えていることをラズに読まれたような表情だった。
そしてラズも…
無意識に口にした『ファミーユ』という言葉。
ラズの体の奥の鼓動が、伝えてほしいと訴えかけているようだった。
(明日はオープン記念日。その時に伝えるね。レイ)
ラズはその秘密を、一旦心に閉じ込め、そのまま静かに微笑みレイの無邪気な顔を見つめる。
レイは、咳ばらいで少し気を取り直して話を続けた。
「ちょっと短くして『ファン』はどうかな?応援って意味にもなるし。」
ラズも、焦りを隠すように、レイの言葉に返した。
「『ファン』…。いいわね。じゃぁ、一緒は『ファン』にしましょ!」
そして二人にとって、明日伝え合うシャルルな暗号が新たに完成した。
メイン料理に差し掛かるころ、レイはふと、ラズがワインに口をつけていないことに気づいた。
「ラズ、ワインは?」
「う、うん。今日は控えておくわ。明日が本番だから」
レイは、自分だけ飲んでしまった罪悪感と、ラズのいつもと違う雰囲気に少し首をかしげた。
その時、ラズの視線がテーブルの隅にとらわれた。
目立たないが、小さな穴が2つ、少し離れて空いている。
「ん?この穴、どうしたのかしら?」
「気にしなくて大丈夫だよ。ほら、料理の皿やワイングラスの邪魔にもならないし」
レイはごまかすように、微笑んでラズの視線を自分に引き寄せた。
「ふふっ、そうね。これもまた、一つの演出かしらね?」
ラズも、あえてレイの言葉を受け入れることにした。
(きっと、準備中に間違って空けちゃったのね?怒らないのに…)
レイは、穴を埋めるかのように指でなぞるラズの手をそっと握ってテーブルの上に置いた。
少し真顔になって―、静かな口調でラズに言った。
「僕たちがこの店の最初の客だね?」
「まだ、プレオープンよ?それに、私たちは店員でしょ?」
「でも、君のコース料理を味わうってことは、お客様ってことだよ」
ラズは、その言葉に夢を諦めなかった自分、そしてレイへの愛に誇りを取り戻した。
そして右手は無意識に新しい命を包み込んでいた。




