第九章:帰還の残光
冬の夜。
宮城タカコが一人で通うスタジオの扉が、静かに開いた。
そこに立っていたのは、黒のコートにギターケースを背負った男——芸屋博だった。
一瞬、空気が止まる。
そして、誰よりも先に平が言った。
「……遅ぇじゃねぇか。」
芸屋は小さく笑った。その目の奥にあった刺々しさは、どこか柔らかくなっている。
「お前らの音、聴いてた。あれ、俺を置いて行く音じゃなかった。……悔しくて戻った。」
その言葉に、宮城がわずかに息を呑む。
「戻るつもりなら、どうして連絡くれなかったの。」
「俺が迷ってた。音楽を作る意味を、もう一度確かめたかった。」
大谷がギターを構え、低く唸るように言った。
「なら、言葉より先に弾け。」
次の瞬間、ギターの歪みがスタジオを満たした。
平のスネアが割り込み、岸のベースが地を打つ。
宮城の声が、空気ごと震わせながら重なっていく。
四人の音に、五人目の響きが再び繋がる。
音は完璧ではなかった。
むしろ不安定で、揺れて、時にぶつかり合う。
けれど、その不安定さの中にだけ“生”があった
リハーサルを終えると、仲タモツが入口で腕を組んでいた。
「……勝手に集まって、勝手に音出して。まるで最初の頃だな。」
平が笑う。「それが俺たちの“正常”だろ。」
仲は頷き、少しだけ目を細めた。
「じゃあ、出よう。ツアーでもアルバムでもなく、“再会ライブ”。その一回で、お前らの全部を響かせろ。」
ライブ当日。
照明が落ち、観客のざわめきが溶ける。
静寂ののち、一音目を鳴らしたのは芸屋のギターだった。
その音に続くように、大谷が弦を鳴らす。
二つのギターが衝突し、絡み合い、やがて宮城の声がその渦を裂いた。
曲の終盤、芸屋が唐突にテンポを揺らす。
一瞬、全員が戸惑う——だが平のスネアが即座に反応し、岸がリズムを掴む。
宮城が笑い、再び歌に戻った。
その瞬間、会場全体が爆発するような歓声に包まれた。
演奏が終わる。
誰も言葉を発さないまま、ただ互いを見つめた。
「……今度こそ、本当の"残響街”だな。」
大谷の低い声に、芸屋が短く頷く。
宮城の目には涙が光っていた。
ライトが落ちる瞬間、五人の影が舞台の上で一つに重なった。
その姿は、かつての喧騒でも、理想の調和でもない。
ただ“今”という刹那を生きるための、不完全で美しい共鳴だった。
夜の街に、ライブハウスから漏れる残響が消えていく。
その響きは静かに、しかし確かに続いていた。
それが、彼らの新たな始まりを告げる“音”だった。




