第二部 第三章:未来の残響
リハが終わると、スタジオの外は朝焼けに染まっていた。
十年前とは違う。
疲労の中に「次へ進みたい」という確かな熱があった。
仲タモツは皆の機材を見ながら言った。
「時代は変わった。配信だ、SNSだ。
けど、お前らは“生音”で勝負しろ。
機械の音より、血の通ったノイズのほうがよっぽど人を動かす。」
芸屋がギターケースを背負いながら苦笑する。
「変わらないな、あんた。十年前も同じこと言ってた。」
「十年前に正しかったことは、今もたぶん正しいんだよ。」
翌月、“残響街 Re:Lights Tour”が始まった。
舞台には五人に加え、若手シンガー凛音も共演する構成だ。
初日、名古屋公演。
客席にはかつてのファンと、SNSで噂を聞きつけた若い観客が混ざっていた。
年齢も価値観も違う。それでも、響く音は同じだった。
照明が落ち、ステージ中央に宮城が立つ。
「久しぶりに——鳴らしてみよう、残響街です!」
歓声が上がる。
曲は新旧織り交ぜたセットリスト。
『残響』『断線』『脈打つ街』、そして新曲『光の遠音』。
新曲は芸屋が書いた旋律をもとに、凛音と宮城が共作した詞だった。
──過去の痛みではなく、未来の痛みを抱いた曲。
サビに差し掛かる。
二人の声が重なり、芸屋と大谷のギターがそれを包み込む。
岸の低音が空気を震わせ、平のドラムが全ての心臓を支える。
その瞬間、観客の中で泣いている者がいた。
十年前に“残響街”に出会った古いファンだった。
「帰ってきた……でも、昔より優しい音だ。」
ツアーは各地で成功を重ねた。
一方で、若い観客がSNSで呟く。
「残響街ってバンド、親世代に人気だったけど、今聴いても刺さる。」
「これが“本物の音楽”ってやつか。」
彼らは知らぬ間に、またひとつの時代の象徴になりつつあった。
だが、最終公演を前に、芸屋の体調を巡る噂が流れ始める。
リハの途中、彼が足元で息を整える姿を宮城が見つけた。
「ヒロシくん、無理してない?」
「大丈夫さ。……ただ、“響き過ぎてる”だけだよ。」
そう言って笑うが、指先は震えていた。
平がそれを見て、小さく呟いた。
「音は命を削るもんだ。だが、それもまた音楽の一部だ。」
最終公演・東京国際フォーラム。
ステージ中央に、“街”のネオンを模した巨大なセット。
仲タモツは袖でマイクに向かう前の五人を見つめて言った。
「これが全部だ。もし今日で終わっても後悔はない——
けど、お前らはきっと終わんねぇだろうな。」
照明が落ち、イントロが流れる。
曲は新曲『光の遠音』。
ギターのノイズ、ベースの轟き、ドラムのうねり。
宮城と凛音の声が交わり、客席がゆっくりと光の波に包まれていく。
最後のフレーズで、芸屋が静かにコードを伸ばした。
音が消えた瞬間、観客が息を呑む。
そして、圧倒的な拍手が彼らを包んだ。
終演のあと、楽屋で芸屋は汗を拭きながら呟いた。
「なぁ……俺たち、ようやく“終わりじゃない音”を鳴らせたな。」
宮城が笑って答える。
「残響街は、もう続いてるの。私たちの外で、未来のどこかで。」
凛音がスマホを見せた。
SNSのトレンドに、「#残響街」が再び浮上していた。
その下には、十代のリスナーの書き込み。
「残響街の音、学校の帰り道で聴いた。
なんか、自分も生きたくなった。」
芸屋は静かに、微笑んだ。
「……それで十分だ。俺たちがまだ鳴ってる証拠だ。」
夜、ステージ照明がすべて消えるとき。
五人と一人の影が、まるで街の灯と重なるように残った。
そして誰かが呟いた。
「響きは終わらない。これが、残響街の“第二の始まり”だ。」




