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残響(連載版)  作者: yashiki2005
14/20

スピンオフ短編:平幹夫「拍の向こう側」

午前五時、街がまだ眠っている時間。

平幹夫は、マンションの一室で古い電子ドラムのスイッチを入れた。

近所迷惑にならないように設定を最小音量にして、ただひっそりと叩く。

「……バスドラの重みが足りねぇな。」

呟きながらも、リズムを刻む手は止まらなかった。

叩くたび、遠い記憶が波紋のように広がる。

ステージの轟音。宮城の声。岸の低音。

そして、二本のギターが衝突しながら生むあの震え。

〈残響街〉の音は、未だに身体の奥に染みついていた。

けれど今、それを共有する仲間はいない。


昼、平は近所の中学校の音楽室にいた。

教育委員会の依頼で、放課後に“リズム講座”を引き受けていたのだ。

集まった生徒の中に、ひとりだけやけに目立つ少女がいた。

ドラムを触るのは初めてのはずなのに、叩くたびに拍が自然と“前のめり”になる。

平は笑って言った。

「悪くねぇ。走るのは悪いことじゃない。走る理由があるなら、な。」

少女は首をかしげた。「走る理由、ですか?」

「自分の“好き”を待てないとき、人は無意識に走るんだよ。」

そう言って、平は自分のスネアを一打。

乾いた音が、放課後の静けさを割った。

奥の壁に貼られた校歌の譜面が、かすかに揺れた。


夜になっても、平は帰らなかった。

誰もいない音楽室で、ドラムスティックを回す。

窓の外の夕闇に、街の灯りがぽつぽつと灯る。

「結局、俺は“拍”の中でしか生きられねぇんだな。」

そう呟いた瞬間、ふとイヤモニから流れてきた。

宮城の新曲だった。

しっとりとしたテンポに、ほんの一瞬だけ空白がある。

——そこに、平は思わずスティックを落とした。

「この……俺に叩けって言ってるな。」

笑いながらドラムを再び構える。

ゆっくりとハイハットを刻み、低く力強いリズムを足で踏み込む。

電子パッド越しの音なのに、確かに“残響街”の鼓動が蘇った。


次の日、学校の生徒が作った小さな案内ポスターにこう書かれていた。

「放課後リズム部 募集中 特別講師:たいら先生」

ポスターを見上げた平は、静かにスティックケースを叩いて笑った。

「いいじゃねぇか。“次の拍”が始まりそうだ。」

窓の外には、朝日が昇り始めていた。

そのリズムは、まるで新しい一曲のイントロのように眩しかった。

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