エピローグ:余韻の果て
再会ライブから一年。
残響街の仲間たちは、以前のような頻繁な活動こそなくなったが、
それぞれの場所で“音”を奏で続けていた。
宮城タカコは、個人名義の小さなアルバムを出した。
派手さはないが、聴く者の心を染み渡るような静かな作品。
インタビューでこう語る。
残響街で覚えたのは、“ぶつかっても離れない音”。
だからいま、独りでも怖くない。」
彼女のライブには、時折、五人の誰かがひっそりと客席にいるという。
岸はスタジオミュージシャンとなり、多くの若手バンドを支えている。
だが、ある新人バンドのベースラインには、どこか残響街影が残っていた。
それを聞いた仲タモツは笑って言った。
「結局あいつ、どこに行っても“根音”を守る役だな。」
平幹夫はドラムスクールを開き、若者たちにリズムを教えている。
生徒が「先生、プロのバンドやってたんですよね?」と聞くと、
彼は少し照れながら答える。
「まぁな。でも“あの音”は、教えられるもんじゃない。」
夜になると、誰もいない教室で、ひとりセッションをやるのが彼の日課だった。
大谷はソロギタリストとして小さなツアーを続けていた。
以前よりも、音は穏やかで柔らかい。
演奏の合間で、観客にこう語った。
「どんなリフも、誰かと絡まなきゃ“音楽”にならないんだ。
俺はそれを、一生忘れられねぇ。」
そして、芸屋博。
彼は海外の街角で、アコースティックギターを弾いていた。
通りすがりの誰かが撮った短い動画に、こんなコメントが並ぶ。
〈あの音、残響街の人じゃない?〉
〈たぶんそう。でも、表情が穏やかになってる。〉
演奏を終えた彼は空を見上げ、小さく呟いた。
「この音、また届くといいな。」
夜のラジオで、宮城タカコの声が流れる。
穏やかに、しかしどこか切ないメロディ。
その曲のタイトルは——『残響』。
静かにフェードアウトしていく歌声の向こうで、
ひとつ、ドラムのスティックが軽く鳴ったような音が聴こえた。




