息子を児童相談所に預けた話
息子が四歳のとき、ある日を境に、保育所へ行くことを強く拒むようになった。
玄関で泣き叫び、体をよじり、抱っこ紐の間からすり抜けようと暴れて出す。
毎朝それを繰り返すうちに、私の心はすり減っていった。
ある朝、息子を無理に抱っこ紐に戻そうとした瞬間、
自分の中に、ぞっとする衝動が立ち上がった。
「このまま続いたら、手が出るかもしれない」
そう思った私は、怖くなって動けなくなった。
私は、息子を虐待してしまうかもしれない人間だった。
もうこれ以上、暴れる息子に冷静に対応することはできない。
私は息子を無理に保育所へ通わせるのを、やめた。
ちょうどコロナ禍の時期で、外に出ることも難しかった。
狭い部屋の中で、息子と二人きりの生活が一年続いた。
逃げ場のない空間で、私は少しずつ壊れていった。
夫は仕事が忙しく、
息子と関わる時間は、一日に十分もなかった。
助けを求める先はなく、私は完全に孤立していた。
やがて、私にうつ病の症状が出始めた。
このままでは育児放棄をしてしまう。
そう感じた私は、児童相談所に相談し、
二か月間、息子を預かってもらう決断をした。
その間、私は精神科に通い、
投薬治療と、ただ休むことに専念した。
子どもを産む前の私は、
周囲と協力しながら、きっと良い母親になれると思っていた。
けれど現実の私は、
孤立すると危うくなる、メンタルの弱い人間だった。
息子が幼いうちは、
里親制度を使って、もっとまともな他人に育ててもらった方が、
この子の人生のためになるのではないか。
本気で、そう考えたこともある。
それでも最終的に、
「自分の家で、なんとか育てられないか」と思った。
息子が戻ってきてから、
私は一人で子育てをすることを諦めた。
ベビーシッターを四六時中雇うことにした。
私が息子の前で、落ち着いた穏やかな母親でいられるのは、
せいぜい二時間が限度だったからだ。
もし夫が高収入を得ておらず、
ベビーシッターを雇えない環境だったなら、
私はきっと、息子を虐待していたと思う。
だから今、改めて、
夫が稼いでくれていることに感謝している。
今では、
虐待に走ってしまう母親の気持ちが、痛いほどわかる。
人は一人では、子どもを育てられない生き物なのかもしれない。
児童相談所に預けたこと。
精神疾患の治療をしながら、他人の力を借りたこと。
それらはすべて、
息子を守るために、私が選んだ最善だったと、今も思っている。
――
ただ、その「他人の力」が、
後に、私の気持ちを深く傷つけることになるとは、
この時の私は、まだ知らなかった。




