キャバ嬢→銀座のホステス→パパ活を経て至った価値観
日暮里でキャバ嬢をしていた頃の私は、まだ素直だった。
「頑張れば報われる」
「感じよくしていれば、いつか大きなリターンがある」
そう信じて疑わなかった。
だから銀座のホステスに転身できたときは、正直、誇らしかった。
客単価も上がる。
テーブルに並ぶ男たちの肩書きも、時計も、話のスケールも違う。
ここで私は、ようやく“上の世界”に来たのだと思った。
でも――
その世界で最初に身についたのは、品でも教養でもなく、
「割に合わない」という感覚だった。
裏引きになったのは、
私がそのお客さんを本気で好きになってしまったからだった。
銀座では、好きにならないことがプロだとされている。
でも私は、そのルールをあっさり破った。
好きなお客さんと夜を共にできる。
しかも、「援助」という形で、
感謝も説明もいらない結果が残る。
その夜に私が感じたのは、
封筒の厚みと、高揚感、恍惚感だった。
――これは、思っていたよりもずっと話が早い。
それがきっかけだった。
「この人なら、夜を共にしてもいいな」
そう思えるお客さんに対して、
私の方から援助をお願いするようになった。
一人、二人、三人。
気づけば私は、
愛情と条件を、
同じ場所に並べることに、
それほど違和感を覚えなくなっていた。
銀座で何時間も座って、
笑顔を貼り付けて、
空気を読み続けた先に残るものと、
条件を交わして、短い夜のあとに残るもの。
比べるまでもなかった。
私はそこで、
「頑張る」という行為が、
必ずしも報われるわけではない世界があることを知った。
あの夜、
私の価値観はひっくり返ったのではなく、
溶けた。
暗闇に怯えていた少女が、
甘い光に手を引かれ、
天国と地獄の境界線を、
気づかぬまま越えてしまったように。
その場所が、
いつか必ず閉ざされることを、
私は生物的に知っていた。
知恵がつくというのは、
だいたい、こういう形でやってくる。
いろいろ回り道をして、
結局、若いうちに、優しいお金持ちと結婚することが、
いちばん割に合うのだと知ってしまった。




