九.図書室二階-二
「で、落ち着かれましたか?」
「正直アンタの事も蹴っちゃいたいけど、まぁいいやと思える程度には落ち着きました。」
「……」
再度椅子に戻った椿と梓、曲は一人机に突っ伏していた。可哀想に。
「では、話を」
「その前に質問、いいですか?」
スッと梓が挙手する。
それに「どうぞ」と椿が促した。
「怪異がなんか、レアリティの高い幽霊的な存在なのは分かったけど、結局私は何になっちゃったわけなんです?怪異の中の、何なんですか?」
「……種族的なアレですか?」
椿は数瞬考えた後、人差し指をピンと立てる。
「種族的なソレです。」
そんな椿を梓が指差す。
「そうですね。種族としては『のっぺらぼう』でしょうね。見た目からしてそうですし。」
「のっぺら、ぼう……。?のっぺらぼうは妖怪じゃないんですか?」
一度嚙み締めるように呟いてから再び問う。
「妖怪なのっぺらぼうも存在しますよ。ただ、貴女が怪異なのっぺらぼうというだけで。」
梓が顔面を皺々にして首を傾げた。相当にこんがらがっているらしい。
その様に、椿が一つ微笑んだ。
「まぁ、アレです。鮫と海豚的なヤツです。見た目は似ていますが、種や、在り方や、そういった本質的な部分が違う。でも、ぱっと見と、存在する場所が同じ隣人同士。……くらいのノリで大丈夫です。」
「ノリで大丈夫なんだ……。」
「まぁ厳密を求めたって仕方ないですからね。他に何か質問は?」
その言葉に、梓は拳を口元辺りにやって暫し考え込んだ後、ふるふると首を横に振った。
「今の所は無いです。ありがとうございます。」
ぺこんと頭を下げた梓を見て、「では続けますね。」と椿が話を再開する。
「次は……、そうですね。貴女を追っていたあの頭達について、ですね。」
「あ、アレ。アレも自分達と同じ、怪異なんですか?」
椿がゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、違います。とは言え、全くの共通点が無い、という訳でも無いンですけれども……。」
「はぁ、」
梓の頭に疑問符が浮かぶ。
「まず、アレの名前は外れモノ。意味としては基本的に中途半端なヤツとか、はみ出しモノとか、あぶれモノとかですね。要は端の寄せ集めの存在がアレです。」
「端の、寄せ集め……」
言葉を反芻する。
「端は残留思念、なんて言い換えも出来ますね。もう少し突き詰めるとそれより更に弱弱しい、本当に微々たるモノですが。アレは生き物の魂の残留物、つまり魄の残り滓が固まってできた、魂の無い伽藍洞。魂を求める虚ろ肉。それがアレの正体です。」
「魂を求める……。もしかして、私を狙ってきたのも?」
梓の問いに、「まぁ、その可能性も考えられますね。」と返す。
「外れモノは確かに魂を求めて彷徨うモノです。一方で、そう滅多にあんな風に形を為す事も無い存在でもあります。人間が蹴ってしまえば、埃が舞うのと同じくらい、呆気なく崩れて消える程度が常です。」
「でも!……アレはその、椿、さんが殴っても元通りになってましたよね?」
あの状況でよく見て、覚えていたものだ。
ほぉと感心しつつ、それを隠して答える。
「ですね。なのでアレは外れモノの中でも更に外れたモノなんですよ。そう言ったものは、存在を保つ為の規則で、自分達の形を保っているんです。」
「規則?」
「そ、規則。っつっても基本、同じ規則じゃねぇんだけど。」
復活したらしい曲が椅子に座り直しつつ言った。
「曲、もう大丈夫?」
「大丈夫、と思いたい。後で手洗行ってくるわ……。」
「あの、同じ規則じゃ無いっていうのは?」
話が逸れかけた為、梓は慌てて疑問を提示した。
「ん?あー、……ンとね、そのまんまの意味だよ。アレらはそれぞれがそれぞれに独自の規則を持ってる。その規則が被る事はまず無い。椿が言ったろ?アレは残留思念とも言い換えれるって。例えばぁ……、そだな、同じ「悲しい」という感情同士でも、人それぞれ「なんで?」は違うだろう?」
頷く。
「どうして悲しいのか、何が悲しいのか、そんでもって、どうしたらそれが解消されるのか。それは三者三様、十人十色。同じ様でいて、みんなそれぞれちょっとっつでも違ってくる。それがアレらの規則の根っこ。似てんなぁって思っても似てるだけ。根は別物なんだよ。だから対処法は遭遇したら毎度一から探っていくしかない、って訳。……んもー、厄介な案件当たっちゃったよぉーっ!」
仰け反ってうだうだとし出した曲から、「まぁ、そういう事。」と椿が繋ぐ。
「その上、規則に則って倒さない事にはさっきみたいに回復されたり、場合によっては数が増えたりとか、大きくなったり、酷いと強くなったりとか、……うん、本当に厄介な存在なんだよ、アレ。」
曲から言葉を繋いだ筈の椿すら遠い目をしてしまい、そんなに厄介なのかと梓は戦慄する。
「でも、まぁ逆を言えば、規則に則ってさえ居れば、倒すのはさして大変じゃない存在とも言えるんだけれどね。ま、仕事が増える事には変わりないから、僕としてもあんまり遭いたくない存在かなぁ。」
何となく、含みを感じる言い回しが気になったが、話を進める為に無視を決め込む。
「それで、アレの場合、どんな規則があるんですか?」
「おいおい梓ちゃぁん。話聞いてた?言ったろ。毎度一から探していくしかないって。」
「……つまり?」
すっかりと復活したらしい曲がニンマリと目元を歪めた。
「今の所、アレを倒す方法無し。」
甘ったるささえ滲む語尾に鳥肌が立った。ついで言うなら、つまり手詰まりの状況を笑っている事にも腹が立った。
ので、
「すみません、椿さん。このヒトもっかい蹴っていいですか?」
「え」
「いいよ。」
「え、え」
「歯、食いしばってくださいね。」
「え、や、食いしばっても意味無いよね!?」
「曲、南無三。」
「椿!?っちょ、」
鈍い音。
その数拍後に、地鳴りの様な唸り声が、夜間のS高に木霊する。
その様を、棚の裏から半目で隙間の司書が見守っていた。




