七.新校舎三階廊下〜図書室
「漸くだね変態さん。」
「……」
変態じゃないと言おうとして止まる。上手い言い訳が思いつかなかった。
「うるさいなぁ。情報持ってきたから許してよ。」
漸く捻り出した声はブツブツと小さいが、曲にはしっかり届いたようだった。
「何か分かった?」
「AとC、どっちに関しても幾らかね。……この後を考えあぐねてるんだけど、」
「あぁ、最後の人はさっき帰ったよ。」
チラと目線を外へ流した椿に曲が先手で答える。
待ってる間に見ていたと言えば「ありがとう」と返ってきた。
「じゃあ、先に図書室行きたい。多分、隙間の司書が、首を長くして待ってるよ。」
得た情報は歩きながらと歩き出せば、曲は後ろに付いてきた。
「で、何が分かったの?」
「Aの行方の範囲と、Cの殺された日の話。」
「結構だね。やっぱ女子手洗って秘密の花園か。」
カコカコカコンと階段を降りる。
「あぁでも、花の園ならまぁ、お前が入る分には問題無いのかもなぁ。な、つ、ば、き?」
「……揶揄うなってば。」
ニヤつく曲に対し、椿は口をへの字に曲げて、溜め息一つ。
「まず、Cが殺された当日の話だ。花子さん曰く、事件当日、Cは誰かに呼び出されていた。それを共犯者達に話していたんだって。そして応じる事を共犯者達に止められてもいた。止めた共犯者達曰く、『復讐に来たんだ』って。」
「復讐?」
「そう。復讐。」
「んー、」
曲は手摺を掴んで踊り場でグルンと方向転換した。
「そのまんまで受け取るなら、死んだ筈のAからの呼び出しが来て他が止めた。でもそうだとしたら反応が変だ。人間なら死んだ奴からの呼び出しなんて、復讐より先に『誰が成りすましてるか』を疑いそうだと、俺は思うけどなぁ。」
「そうだね。そして呼び出したのが生きている誰か、そう、例えば犯人として捕まった女教師だとしてもおかしい。そもそもAの件が発覚したのはCの事件の後だ。その時点でAの事を知ってる人間はおそらくC達のみの筈。それなのに、そんな発想が出るのも不自然だ。」
二階へと降り立つ。
「でも、もしもAがまだ居る事を、C達が何かの拍子で知っていたのなら、話は噛み合う。」
曲が振り返る。
「花子さんが言っていたもう一つの話だよ。……Aはまだ、この学校内に居るそうだ。」
口笛一つ。
「これは完全に変異した口だな。Cが誰に呼び出されたにしろ、Aと呼び出しそのものが無関係にしろ、まだここに居て、なのにその魂が未回収って事は。」
「……その辺り含めて、隙間の司書に話を聞きたいね。」
急ごう、ともう一つ階を降りようとした時、タタタ、と足音が聞こえてきた。
「……曲、最後の人って」
「もう帰ってるって言ったろ。一旦隠れよう。」
階段傍の男子手洗に二人は静かに入り込む。
足音は中二階の渡り廊下の先、つまり、椿が人影を見た渡り廊下の先から聞こえてくる。
しかし、
「……こっちへは来ないな。」
「音的に、旧校舎二階に入ったぽいね。……追ってみよう。」
椿が手洗を出て走り出す。その後を曲が追いかける。
足音は依然と聞こえているが、二人が旧校舎側に着いた時には、姿はもう見えなかった。
「どこ行った?」
「……」
曲の言葉に答えないまま、椿が二階の廊下を駆け抜ける。
耳を澄まし、僅かな音を拾う。
—上。
反対端の階段の踊り場へ一足飛びに飛んで、また音を探す。
—渡り廊下の先。
其方へ走れば、新校舎三階廊下の方から、小さな悲鳴がした。
—居た。
「曲!」
「応さ!」
椿が背中の裁ち鋏の柄を掴み、曲は椿の前へ飛び出した。
その先にはS高制服を着た女生徒と、宙を飛ぶ頭部の群れ。数は四つ。女生徒を挟み撃つ様に飛んでいる。
窓の留め金に手を伸ばすその女生徒に頭の一つがぶつかる寸前、曲が女生徒を掬い上げ、そのまま頭を掻い潜って抜ける。
「椿!」
勢いのまま振り返る。
丁度、ベルトから抜き取られた裁ち鋏が、女生徒にぶつかろうとした頭を叩き潰した瞬間だった。
下駄の歯を削りながら勢いを殺して止まる。その前に、勢いで飛び上がった椿が頭を越えて降り立つ。
「ちょ、なになに!?今度は何!?」
曲の小脇に抱えられた女生徒が顔を上げた。
「!君は」
が、そこには顔が存在しなかった。
目も鼻も口も無い。つるりとして凹凸も無い。
のっぺりとした、相貌。
「椿、前!」
「!」
二つの頭が椿に突っ込んできた。
それを追い払う様に鋏でもって横殴りにすれば、骨と肉がひしゃげる感覚と入れ替わりに頭部達は廊下の壁を、床を、跳ね転がっていく。
しかし、
「おいおい、再生機能付き?やぁらしいねぇ。」
曲が頬を引き攣らせる。
視線の先では、割れた頭がミキメキと元通りになっていく。
椿が他の頭へ視線を走らせれば、他も同様に元に戻ってふわふわと宙へと浮かび上がる。そしてクルリと椿達の方を向いた。
頭達には、それぞれ顔のパーツが一つしか存在していなかった。
左目、右目、鼻と口。
それぞれそれしか無い頭達が、椿達にゆらりふらりと近付いてくる。
「……」
椿は鋏の根元の留め具に目を向け、次に廊下を見やって顔を歪めた。
曲達を庇う様に鋏を構える。
「曲、時間稼ぐから、逃げ道作って。」
「了解。」
椿の言葉に、曲は周囲へ視線を廻らせた。
「上の渡り廊下、外に出てそのまま図書室に飛び込む。開け放つから十秒は空けて。」
「分かった。」
応えと同時に二人は走り出す。
女生徒を横抱きに抱え直した曲は階段を半階上がって外へ、椿は曲の方へと、椿を無視して行こうとした頭を打っ飛ばして遠ざける。
五、外へ出た曲が欄干に足を掛ける。
四、全ての頭を叩いた椿が階段を飛ぶ。
三、図書室二階の窓へ目掛けて曲が跳べば、窓が自然と開かれた。
二、それに瞠目するも、そのままそこへ飛び込む。
一、椿が曲を追って、欄干を蹴る。
零、再生しかけの頭がそれを追う。しかし、
「貴方方は図書室出禁です!下がりなさい!!」
頭の群れがビタリと動きを止める。
椿が図書室に飛び入れば、ピシャンと窓は閉められ、即座カーテンも閉められた。
室内が真っ暗になる。
カチ、と灯りが一つ、すぐに点けられた。曲が持っていた筆箱電灯だ。
「椿、大丈夫か?」
「なんとかね。」
手に持ったままだった鋏を背に戻しながら立ち上がる。
「ありがとうございます、助かりました。」
椿の目線の先、そこを曲が照らすが、あるのはカーテンを引かれた窓と、本棚だけ。
ただ、よくよくと、よくよくと見れば居る。
「礼は不要です。寧ろ、お礼を言いたいのは此方の方です。その子を助けてくださってありがとうございます。」
声はカーテンと本棚の隙間から聞こえてくる。
よくよくと見れば、そこに居る。
本棚の後ろから、横向きになった目元が椿達を見つめている。
「アンタが、隙間の司書サン?」
女生徒を床に下ろした曲が、カラコロと椿の隣に並び立つ。
目が曲を一瞥した。
「はい。お待ちしておりました、御二方。それで、私は何からお答えすれば宜しいですか?」




