二十一.戻図書室
それから一応と彫刻室、それから二階の音楽室を覗いた二人は、そのまま図書室へと戻って来た。
コンコンコンと二階の窓をノックすれば、腕がカーテンの隙間から伸びて来て、パチンと鍵を下げられた。
「ただいまー。」
「只今戻りました。」
二人揃ってささっと中へ入って窓を閉める。
道中、結局一切としてアレの気配を感じなかったとは言え、念には念を入れての事だった。
「お帰りなさい。遅かったですね。」
「いやぁ、待たせてごめんね。で、梓ちゃんはぁ、」
電灯を点けつつ、隙間の司書と話す曲の一方、梓が待つだろう机へと向かった椿がひょいと梓を覗き込む。
「寝てますね。」
梓は椅子に寄り掛かったまま静かだった。
滑らかな呼吸音が彼女が眠っているのだと示していた。
「先程までは起きてらしたのですが、流石に体力を使ったのだと思います。少し前に寝てしまわれて……。起こした方が宜しいですか?」
「いえ、大丈夫です。ゆっくり寝かせてあげましょう。」
椿が鋏を背負ったまま器用に羽織を脱いで、梓に掛ける。
「椿ぃ。背中側も要る?」
「いや、流石に暑いと思うからコレだけにしよう。寒そうな様子なら、その時に掛けてあげて。」
「ん。」
曲が脱いだ羽織はそのまま曲が小脇に抱えた。
「さて、じゃあ本題に戻りましょうか、司書さん。梓さんが聞いていないなら、貴女も喋り易いでしょう?」
戻って来た椿が、電灯に照らされた隙間の司書へと語り掛ける。
「……三階へ行きましょうか。」
覗かせていた目を閉じた隙間の司書が本棚の裏へと消えた。
気配は壁を伝う事無く、本棚を飛ぶ様に移動して行く。
「此方へ。」
気配が止まった先、声がしたのは階段の方からだった。
三階へ続く階段踊り場。其処まで行くと、また気配は上へと移動して行く。
その後を、椿達は出来るだけ音を立てずに着いて行った。
「此方です。」
階段を登りきった時、また声が掛かった。
随分と奥の方からの声。其方へ向かえば、隙間の司書が一番奥の窓際で、片腕を出して待っていた。
「此方です。この席が、何時も梓さんが使っていた席になります。」
腕が早々と二人に指し示したのは、窓際に置かれた長机の一番端の席だった。
「ん?席?何の?」
唐突な言葉に、曲が聞き返せば、「そのままの意味です。」と隙間の司書は答えた。
「梓さんは、よく図書室を利用される子でしたから、生前から、よくよくと知っていました。読んでいた本も、此処で何をしていたかも、何を見ていたのかも。」
「……」
椿は黙って、隙間の司書が指し示した席の隣へと腰を下ろした。
倣って曲も、更にその横へと座った。
「読むのは主に絵に関する物でした。技法、練習法、各画家や絵師の画集全集、絵本や漫画。そう言ったものを此処で積み上げては読み込んでいました。そうして見終わったら、次はノートを広げてスケッチを始めるんです。……カーテンを、開いていただけますか?」
椿がカーテンを開ける。
その先正面には丁度、新校舎の三階にあるテラスが見えた。
「昼休み、あのテラスは人で溢れます。ご飯を食べる子、遊ぶ子、寝る子、勉強する子。みんながそれぞれ、好きな事をしている場所でした。だからこそ、人をスケッチするには持ってこいの場所だったのでしょう。一回の休み時間の間に何人もを描き上げていて、私はこっそり、それを此処から覗いていたものです。」
クスクスと、少し高い位置の隙間から笑い声が聞こえて来た。
「その中に、何時も描かれる子が一人、居ました。男の子です。同じ学年の、随分親しい仲の様子の男の子。名前はそう、松永 芭蕉君。今年の三月から、英国へ留学している、国際科の子です。」
二人の脳裏に、ロケットの中の二枚の花の絵と、あの顔の無い男生徒の肖像画が過ぎった。




