十八.のっぺらぼうの肖像画
「……確実に、梓ちゃんではないね。」
「そだね。」
筆箱電灯に照らされた絵を見下ろして二人で頷き合う。
「でも、じゃあこれ誰?って話だよなぁ。」
「制服はS高のだね。その上で顔が描かれてない絵。色々、示し合わせたみたいに重なるね。」
絵の表面に触れる。ザリザリと顔部分をなぞってみるが、特に変化は無い。
指先に絵の具が付く事も無かった。
「何画って言うんだろうね、こういうの。少なくとも、梓ちゃんが専攻してるっていう油絵では無いよね?」
「そうだね。油絵はもっと表面が立体になる。素人目だから確証は無いけど、水彩の類じゃないかな。」
「水彩……」
言葉を反芻した曲は、暫し後、画布を包みに包み直して、元の位置に置いた。
「いいの?」
「うん、持って行って利があるかも分からないし。それより、他に何か無いか調べてみよう。梓ちゃんが死んだ時の事が分かる何かがあるかもしれないんだし。」
耳から筆箱電灯を取って視線と共に明かりを巡らせて小屋内全体を見回してみる。
そうして気になったのは、欠けた石膏と金属が適当にまとめられた小さなバスケット。
「……椿、そっちの石膏任せてもいい?俺ちょっとこっち漁る。」
「りょーかい。なんかあったら呼んでね。」
ひらと手を一つ振って椿は石膏の集められた場所へと踏み入って行った。
曲はその後ろ姿を見遣ってから、足元のバスケットを眺めた。
しゃがみ込んでよくよく見てみる。
螺子、ナット、バネ、蝶番。短い針金、釘、それから、
「鎖?」
一際目立つのは鎖だった。
鎖といっても工業的なそれでは無く、細く繊細そうな、ネックレスに使われる様な物。
他に絡みつく様になってしまっているそれを丁寧に引き抜いていけば、チェーンの全貌が見えた。
予想した通り、それはネックレスだった。
鎖そのものこそ綺麗だが、ペンダントトップには錆が移ってしまっている。
ペンダントトップは小さめのロケットだった。四角い額を模したデザインのそれを開いてみる。
中にあったのは二枚の花のモノクロの絵。左は水芭蕉、右は
「何の花だろ……蘭?小手毬?」
「梓の花だね。よく描けてる。」
覗き込んできた椿がそう言った。
「何処で分かったの?」
「此処。中の点々と、花の下の此処、この丸ぽいの二つ。」
椿が指差すが、目を細めても曲にはよく分からなかった。
「……んー、分からん。でも、椿がそう言うならそうなんでしょ。」
「……明日図書館でも行こっか。写真見れば分かるよ。」
「そっかなぁ?」
写真を見ても正直分かる気はしない。
ロケットを閉じて、羽織に仕舞う。
「で、椿の方、なんかあった?」
「ん、これだなって言うのがあったよ。こっち。」
椿がゴミを避けて飛び越え奥へと進んでいくのに着いて行く。
「曲、此処、照らせそ?」
指し示したのは他に比べてかなり小さくなってしまっている石膏だった。上部が大きく欠けていて、元々何だったのかも分からないが、おそらくよくある石膏像の類だろう。
「ちょぉっと場所変わって。」
「ん。」
物が多過ぎて、椿の指し示す位置を、曲がりの場所からは照らせなかった。
狭い場所をどうにか交換して、先程椿が示した場所を照らす。
位置はかなり低い。
膝を着いて、覗き込む様な体勢で照らせば、そこには、薄く茶色い染みが点々と染み付いていた。
形からして、飛沫が付いたのだろう。飛沫の方向的に、と明かりをズラせば、石膏の端がまた欠けていた。が、欠け方が上部のそれとは何か違う。落ちて割れたとか、そういう欠け方ではなく、そこだけ切り取る様な、そういう丸く、人為的な欠け方だ。
「……椿から見て、この茶色の、何だと思う?」
「血、だと思うよ。絵の具の類でその色を、その位置に飛ばす、なんて状況、あんまり考えられないしね。」
「下の欠けは見た?」
「見た。なんかで叩いて割ったんだろうね、そこだけ。」
トトットット、と椿は鋏の置かれた場所へと戻って行ってしまった。
曲も立ち上がる。
「次行こっか。」
「おん、ちょっと待ってね。」
石膏を持ち上げて、移動する。
他と混じらない様に、石膏置き場の前の方に移動させただけだが、これでまた見に来るのは楽になるだろう。
「次何処行く?」
「んー、裏側回って来たし、先にじゃあ隣の部室棟ざっくり?」
鋏を背負い直した椿に曲がりは呆れた。
「分かったけどさ、それじゃ今度は外出れないでしょ。」
「え?ッオグッ!?」
ガッとまた入り口に鋏を引っ掛けた椿から、声が引っ張り出された。




