十.図書室二階-三
曲は蹴り上げられて床に沈んでいる。
梓はサッパリしたとばかりに、椅子に勢い良く腰を下ろした。
「さて、前置きは此処までですかね。何か質問ありますか?」
その言葉に、指を組んで考え込む。
自分が何になってしまったかは分かった。多分、もう元には、人らしい流れには戻れない事も分かった。自分を散々追い回してきたアレの事も分かった。このヒト達の事も、
「ン?アレ?」
顔を上げる。
「そう言えば、椿さん達って、なんでウチの高校に居るんですか?しかもこんな夜に。怪異だからですか?」
「ヒトをそんな、浮浪者みたいに言うなよ……」
ぜぇぜぇ、と息を切らしながら、顔の青い曲が机を支えに立ち上がろうと震えていた。
「曲、無理しなくていいよ。」
「その気遣い、もうちょっと前の時点で出して欲しかったかなぁ。」
椅子の背凭れを前に、項垂れて座った曲が恨み言を溢す。
「はぁ……。ンで?なんで俺らがこの学校に居るのか、だっけ?そりゃ勿論、君を探しに、だよ。」
梓が椅子ごと本棚まで下がった。
隙間の司書が無機質な目で曲を見遣る。
「えぇ、別に冗談じゃないんだけど……」
「え、冗談じゃない……?」
「曲、言葉を端折り過ぎ。」
肩を落とす曲の肩を椿が叩く。
「でも、実際曲の言葉のままなんだ。僕達がここに来た理由の一つは君。噂になってるんだよ、外ではね。君がC、基千夏さんを殺したんじゃないかって。」
梓が息を呑んだ。
「わ、私が?」
「うん。君が。」
顔に何も無い分、血の気が引いていく様がよく見えた。
俯いてしまった梓は、押し出す様に「知らない。」と口にした。
「知らない。わ、私、そんなの知らない。だって、ち、千夏が私を殺したんだよ?どうやって私が千夏を殺すのよ。相打ちにでも、なったって言うの?」
「女子格闘技みたいだな。此処で相打ちが出て来るって。」
「曲。」
隙間の司書がそっと、梓の背に触れた。
それに振り返れば、心配そうに梓を見つめる司書の顔。
言葉無く、ゆっくりと背を摩られれば、冷たい手のお陰か、頭の中も冷静になって来た。
それでもまだ、バクバクと音を立てている胸元を握り締める。
「……すみません、取り乱しました。それで、その、私の事が理由の一つなら、他にはどんな理由で来られたのですか?」
「……」
椿が立ち上がり、梓の前で膝を突いた。
なんだろうと眺めていれば、胸元の手をそっと外された。
「大丈夫です。別に貴女を今すぐとっ捕まえて、とかではありませんから。大丈夫、大丈夫です。」
真っ直ぐと梓を見てそう微笑む椿に、少し泣きそうになった。
「僕達の目的は、貴女以外にものっぺらぼうがこの事件に関わっていないかの調査、それから貴女を初め、のっぺらぼうが千夏さんを殺したのかどうかの事実調査です。貴女が違うと言うのなら、僕達もそのつもりで貴女が無罪である証明の為の調査をします。だから、そんなに心配しなくて大丈夫です。」
曲も寄ってきてポンポンと梓の肩を叩いた。
涙は無い。目が無い梓に涙は流れない。でも、喉を引き攣らせて零れていく嗚咽は、泣いている時のそれだった。顔にも皺が寄っている。
「も、もし、……もし、私が、ち、千夏を、ホントに、こ、殺してたら……、殺してたなら、どうなり、ますか?」
本当に、自分は千夏を殺していない。筈だ。知らない。覚えていない。でも、もし本当は、……。そんな不安感を拭いたくて、「それでも、大丈夫。」と言って欲しくて目線を上げれば、椿は微妙な顔をしていた。
「その時は、此方の警吏に引き渡しですね。大丈夫です。貴女の場合、確実に情状酌量されますので、そんな重い刑にはなりませんよ。」
「そこは嘘でも別の方向から慰めて欲しかったですね。」
だが、嗚咽も不安感も引っ込んだ。
梓から肩の力が抜けた事を察して、席に戻るかと立ち上がれば「あ」と梓から声が上がった。
「あの、『此方のケイリ』って事は、椿さん達、怪異にもなんか、警察とかそういうのあるんですね。」
「そうですね。実際警吏はこの世で言う警察そのものですからね。」
「じゃあ、椿さん達も、そういう何かしらの組織の怪異、なんですか?こういう事件を調査してるって事は、それこそ怪異の刑事さん、とかなんですか?」
ふとした疑問。意味は特に無いが訊ねれば、「んー、」と少し困った様な顔をする椿。
「あんまり、こういう時に所属を聞かれる事無いからなぁ。ちょっと分かりづらいかもですが、」
「はい。」
椿がベルトを外し、背中の裁ち鋏を下ろす。
「僕達は警吏ではなく、調査を専門とする部署の所属です。この世、あの世、そして妖怪異が主に住まうその世の三界全域における、妖怪異の噂を集めては、その事実調査を行い、各界にどの様な影響があるかを調べ、時に問題があればその解決を行う事を生業とする部門。」
梓に背を向ける。そこには、染め抜かれた丸に「調」一字の印。
「安直ですが、妖怪異調査部、と言います。今回限りのご縁でなければ、以後お見知りおきください。」




