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「Guiest」  作者: 木卯 空
第一話「のっぺらぼう殺人事件」

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一.S高屋上

 ぴとり、ぴとりと滴っている。

 充満する体液と油絵の具の臭い。

 重いカーテンの引かれた室内で、ライトに照らされ、首を吊っているのは少女の躰。

 悲鳴。

 四人の女生徒達が悲鳴を上げ、共に居た女教師は息を吞む。

 ふと、横奥の戸が軋む音がした。普段は開かれない戸が開いて軋む音。

 次いで足音。女教師が咄嗟にその戸の方へ走り出す。

「誰っ!?」

 その先、中に居た人物が振り返る。

 その顔は、

 水無月某日、S市S高屋上。

「とぉちゃーく。」

 カラン。

 下駄を鳴らして降り立ったのは、半ズボンにダレた肌着ランニングシャツ、その上に白茶ベージュの羽織を着た男。

 あちこち跳ねた白髪頭と同じ色の目を三日月型に細めてニヤニヤと笑っているその男の少し後ろにもう一人、艶やかに円い黒髪頭が降りてくる。

まがり、ちょっと飛ばし過ぎ。予定より早く着いちゃってる。」

 柳繭に切れ長の目元、瞳は赤と蘇芳の椿色。右半分は長ったらしい前髪に隠れているが、端正な顔立ちはそれでも目立つ。

 曲と呼ばれた男の対し、運動靴シューズにジーンズ、襟の伸びていないTシャツと、如何にも若者然とした格好だが、曲と同じ様に羽織を羽織っている。ただし此方の色は紺。そして背には彼の身の丈程の大きな裁ち鋏がベルトに括られ背負われていた。

「予定より早い分にはいーだろぅ?どぉせ誰も見ちゃねぇよ、椿。」

「そうは言っても、だよ。夜間調査なのに最終下校時間も過ぎてない夕暮れ時は早過ぎるって。」

 来い来いと椿に手招かれ、曲は屋上中央、他から見えづらい場所へと移動する。

「取り敢えず、学校に入るのは祭週下校時間過ぎて、人気が落ち着いてきてからだよ。それまではここで今回の案件、整理しよう。」

 屋上入り口前に腰を下ろした椿は隣を叩いて曲を促す。

 それに飛び付く様に胡坐をかいた曲は夕暮れとは言え薄暗くなってきた周囲を照らす為に筆箱電灯ペンライトを出し、その灯りの下に椿が数枚の書類を広げた。

「これが今回の僕達の担当案件の概要だよ。」

 事は半月前に遡る。

 S市S高は普通科、国際科、美術専科からなる高等学校である。事件が起きたのはその内の美術専科の専科棟一階、油絵教室内。

 被害者はS高に通うCという女生徒だった。

 発見者はそのCと友人関係にあるD、E、F、Gという四人の女生徒と、その四人と共に当時行動していた美術学科の女教師だった。

「五人の話によると、Cは油絵教室内中央で首を吊っていたそうだ。」

「ほぉん。どこにロープ括ってたのさ。」

 椿の肩に寄りかかって曲がぼやく。

「天井中央に作品や描画対象モデルを吊るす用のフックがあったみたいだな。そこに括られていたんだと。吊っていたロープも、物を固定する用の平たいタイプのヤツだ。作品の搬出入用の備品だった事が確認されてる。」

 その後、騒ぎを聞きつけた生徒や教師らによって事態は発覚。

 現場に駆け付けた教員らがCを下ろし救命措置を施したが間に合わず、そのままCは息を引き取った。

「って話だけど、Cは吊るされてた時点では、まだ生きてたのか?」

「いや、警察の調べだと直接的な死因は窒息死になっているな。発見時には死んでいたとされている。……下ろして救命措置というのは人として正しいが、既に死んでいる相手なら現場を荒らしただけに終わったとも言えるな。」

 椿の回答に曲は肩を竦める。

「まぁ確かに。でも、犯人は捕まったんだろ?」

「うん。この件は第一発見者の一人である女教師が、事件から二日後に犯人として捕まっているな。」

 椿が一枚紙を捲る。

「証拠はロープとフックの装置についていた女教師の手の跡と、」

 それを曲が覗き込む。

「Cの身体に残っていた複数の刺し傷。その凶器にやはり女教師の指紋が残っていた為。……うーん、出来過ぎた事件だな。この手のヤツは大体犯人が別に居るだろ。」

 曲は片膝を立て、そこを支えに頬杖をつく。

「実際そうかは兎も角、同じ様に思ったヤツらが居たから、僕達が調査しに来る事になったのは確かだね。」

 チャイムが鳴る。

「この出来過ぎた事件の当日、第一発見者達は油絵教室から出て行く人影を見たんだと。女教師に至っては、追いかけて姿を見たらしい。」

 椿が立ち上がって下を見てみれば、ワラワラと生徒達が校門の方へ移動している。校舎からも灯りが一つ二つと消えていく。

 次いで曲も立ち上がり、腕と肩を伸ばし始める。

「だが、女教師は『顔は見えなかった』と言ったそうだ。そしてこの事件には前日譚がある。」

「事件当日に発覚した、もう一つの事件だろ?別の女生徒Aも、殺されていたっう事件。」

 カランと下駄を鳴らして曲が言葉を引き継ぐ。

 それに椿が一つ頷き、もう一つの事件の詳細を語る。

「Aは事件の更に半月前、つまり一月前から行方不明だった。しかし実際にはその時にAは殺されていた。殺したのは今回死んだC。そのCに協力していたのが、第一発見者のD、E、F、Gの四名。この四名がCの事件当日に自白して出頭。五人がAをバラバラにして、それぞれで埋めていた事がAの行方不明の真相だと分かった。」

 人はまだ疎らに残っているが、校舎の二階から上は完全に灯りが落ちた。そろそろだ。

「協力者達の埋めた部分は既に発見されているが、問題はCが担当したAの頭部。唯一頭部に関しては現在いまも見つかっていない。」

「知っている人間が死んだんだものな。そりゃそうだ。」

 曲が屋上の扉のノブに手をかける。

「可能性があった女教師も知らないと証言し続けている。……特に隠す理由も無いだろうから本当に知らないんだろうね。そして女教師の件の証言を基に、オカルト誌が書き立てた記事が、『顔を失ったAが、復讐の為にCを殺した。』という邪説。今回僕達が調査する『のっぺらぼう殺人事件』の初出はそこだ。」

「オカルト誌の心も無けりゃ中身も無い、ただの荒唐無稽な話であれば万々歳だな。」

「そうだね。」

 曲は喋りながら隣に並んだ椿を横目に、扉を開けた。

「僕達の今件の目的は二つ。一つ、女教師が見た人影が本当にのっぺらぼうか否か。一つ、もし本当にのっぺらぼうが居た場合、保護してその世へ連れて行く事。」

 軋みながら開いた戸の先には真っ暗な階段。

「時間だ。行こう曲。」

「あいさい了解、椿。」

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