ゆらぎよりもぬくもり
「あ、図書館あった。」
入学前の春休み。引っ越しが終わって、俺は近所を散策していた。
初めての一人暮らしは大人になったって感じがして、浮かれていた。
料理が好きだから、一人暮らしでもするつもりで安いスーパー探しをした。それから、図書館探し。
子供の頃は、よく母さんと一緒に通っていた。学校で友達を作るのが下手だった俺に、母さんは読書の楽しみを教えてくれた。よく一度に貸出上限まで本を借りて「面白そうなの借りれたね!」と笑っていた。
今も読書は好きだ。初めての図書館はワクワクする。ここは結構広い。当たりの図書館だ。やったね。
静かな館内で、何か面白そうな本はないか探す。
…ここ、なんか地元の図書館と似てるかも。
児童書コーナーをチラリと見て、子供の頃を思い出した。
母さんは身体が弱かったが、物知りで優しく、何でもできた。
よくわからない事は、一緒に調べてくれた。図書館で俺が選んだ本も「次、読ませてね」と読んでいた。友達みたいに遊んでくれる母さんだった。
父さんはスポーツが得意で、よくキックボードで遠くまで散歩したり、サッカーをして遊んだ。母さんが出来ない遊びを父さんがしてくれた。
幼稚園の頃は、母さんは父さんと喧嘩が絶えず、よく泣いていた。
小学生になると、とうとう寝込むことが増えて、死んでしまうのではと怖かった。
大きな喧嘩を一つしたら、家の中が変わった。母さんは父さんの世話をしなくなった。
不規則な生活の父さんとは切り離した生活になった。
母さんの倒れる日が増えてから、休みの日は父さんが食事を用意するようになった。食事は一緒に摂るが、3人で遊ぶことはなくなった。
それから徐々に母さんが元気になっていき、喧嘩も減った。笑ってみんなで一緒に出かけられる日も増えた。
小学生の頃、母さんに「お父さんのこと好き?」と何度も聞いた。
いつも「どうだろうねえ」とはぐらかされた。俺やペットのインコには無邪気に「好き!」と言うのに、父さんには決して言わなかった。
時が経っても何度も聞いていたら、一度だけ「そうね。好きね」と言っていて、嬉しかった。
「どこが好きなの?」
「なんだかんだ言って優しいのよね」
母さんはそう言って小さく笑ったのを覚えている。
その後も喧嘩はちょくちょくやっていたけど、何日かすると笑って話してたから、段々心配するのを止めた。
夫婦喧嘩は犬も食わないっていうしね。
「…ちょっと借りすぎたかな」
歩きなのに、10冊は多かった。散策は諦めて家に真っ直ぐ帰った。
大学のサークルの歓迎会で、隣の友人のスマホから着信音が鳴った。なり続けているのに放置してて、不思議に思って聞いた。
「出ないの?」
友人の坂口はスマホの着信相手を見て、顔を顰めていた。
「母親から。一人暮らしを始めてから、何度も夜に連絡来るんだよ。子離れしてほしいわ」
うんざりしたように言ってくる。
「椎名も一人暮らしだろ?連絡こない?」
「うち?…こないなあ。用事がある時しかないね」
「良いなあ!母ちゃんから信用あるんだな!」
坂口はそう言って唐揚げを口に放り込んでいた。
「急に子育てが終わって、やることがなくなって寂しいんだよ。少しすれば、連絡来なくなるよ」
話を聞いていた葉山先輩は、笑いながらビールを呑んでいた。
「そういうもんすかあ」
坂口は、もぐもぐ唐揚げを食べる。
「おい、食い過ぎだ。俺の分がなくなる」
……母さんは、寂しがってるかな?
寂しいって言ってるところ、見たことないな。
父さんが仕事で帰って来なくても平気で、いろんな楽しみを見つけては俺と遊んだり、1人で楽しんでいた。
「うちは、既にいろいろ楽しくやってそう」
母さんが、もう泣いてないのが嬉しい。
笑顔で、いってらっしゃいと送り出してくれた母さんを思い出した。
家に帰ったら、きっとすぐに読みたい本を広げたり、編み物を始めるんだろう。
ソファに転がりながらページを捲ったり、「これどうやるのー?」と言いながら編み物の本と格闘してる姿が想像できて、ふふっと笑いが込み上げた。