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第五話 元姉妹

貴族議会から数日が過ぎた。正式な王太子の選定がないことを訝しく思い始めた頃、辺境伯家の王都邸にひとりの令嬢が突撃してきた。

文字通り突撃である。何しろフェデリカも執事も訪問を拒否した結果、生垣を破壊したのだから。

亜麻色の髪と質素なドレスを葉っぱまみれにした令嬢を見やり、フェデリカは溜息を吐いた。


「……それで、何の御用かしら。デアンジェリス令嬢」

「助けてほしいの!」

「断るわ」


フェデリカとは似ても似つかない元妹にして王太子の恋人、ジュリアマリアであった。

邸宅内を汚されたくはないが会話を聞かれるのもまずい、ということで玄関で対応する。


「何でよ! 母親が違う(・・・・・)といっても姉妹でしょ!」

「大声で子爵家の秘密をばら撒かないでいただけて?」


――そう、フェデリカとジュリアマリアは異母姉妹である。ジュリアマリアの母は平民であり、婚外子としても貴族として扱われないところだが、フェデリカの母が何を思ってか実子として認めたらしい。療養していたのもジュリアマリアではなくその母であり、本人は健康そのものだ。


「今の私はアンヌンツィアータ辺境伯家の娘よ。関係には元、をつけなさい」

「あぁもうめんどくさいわね、元妹を助けなさいよ!」

「そんな義理はなくてよ」

「宣誓書のこと、さりげなく教えてくれたのはあんたでしょ!?」


フェデリカは眉を顰めた。


「身に覚えがないわね」

「嘘おっしゃい! あたしがお父様に嘘ついてバレた時、嘘を吐くなら宣誓書でも作ってからにすることね、って高笑いしたのはあんたでしょ!」

「そんなことがあったかしら」

「あったわよ!」


フェデリカも勿論覚えている。王太子の婚約者を(・・・・・・・・)陥れるために(・・・・・・)態々その日、食堂に足を運んだのだ。そこそこに知恵が働くこの娘は、いつかその発言を思い出すだろうと思ったから。


「とにかく、あの時みたいにあたしに教えてちょうだい! どうすればブルーノは王太子をやめられるの!」


ジュリアマリアは半分泣きそうになりながら言った。


「なんかよくわかんないけど、国王さまが退位してブルーノを国王にするって。よその国のお姫様と結婚させるって言ってるらしいの」


フェデリカは眉を顰める。王太子の廃嫡は既に貴族議会で決したはず。それが覆ったのなら、国王が拒否権を行使したということになる。歴史でも類を見ないことであるが。


「国王さまがブルーノを閉じ込めちゃって、あたし殺されるかもしれないって、ブルーノの付き人さんが教えてくれて」


フェデリカは額に手を押し当てた。

国王は王太子を鍾愛(しょうあい)している。王位継承順位が高い者たちに継承権を放棄させるほどに。

ある程度予想はしていたが、ここまで王が愚かとは思わなかった。


「……それは、御愁傷様」

「あんたが頭いいのは知ってる、お願いだから知恵を貸して! あたし、どうしたらブルーノのそばにいられるの? 貴族たちに話しかけようと思ったって、あたしの話は誰も聞いてくれない」


ジュリアマリアは唇を噛み締めた。平民から貴族令嬢に、更には王太子の恋人に。数年で鮮やかに立場が変わった彼女を哀れに思うが、だからといって何か出来るわけでもない。


「……私にできることはないわ」

「馬鹿なら出来ることがあるかもしれないでしょ!? どんなことでもやるわ!」


何もない、と言いかけてフェデリカは口を噤む。


「……あなたの名誉を捨ててもいいのなら、方法はあるわ」

「ほんとう!?」


陥れるための道具となってくれた彼女へ、僅かばかりの餞別をやろう。


「教えて!」

「平民上がりは自分で頭を使うこともしないのかしら。時として王宮をも揺るがしうる権力を持つ、この国で最も人口が多い階層だというのに」


婉曲的に平民を使えと促すと、ジュリアマリアは目を見開く。


「……分かったわ。ありがとう!」

「私は何もしていないわ。あなたは今日、この邸には来ていないものね?」

「分かってる。アンヌンツィアータ家にもデアンジェリス家にも迷惑は掛けないわ」


意外と察しがいいのは助かる、とは口に出さずにおいたひと言だった。


その日のうちに、王都にひとつの噂が広まった。

心優しく美しい令嬢、ジュリアマリアは、婚約者に浮気されて傷心の王太子殿下と心を通わせ、身を捧げた。しかし国王陛下は令嬢の出自を気に入らず、王太子殿下を他国の姫君と結婚させ、令嬢を殺そうとしていると。



***



「……随分愉快な噂だな」


レナートは噂を耳にして呆れ返った。何が愉快かと問われれば勿論、この噂が事実であることだ。身を捧げたのかは知らないが。


「出所は」

「平民街の酒場かと。デアンジェリス家の出入りの商人を名乗る女が大袈裟に騒ぎ立てたという報告が入ってきています」

「その女の容姿と名前は」

「名はまだ分かっておりませんが……その、髪は亜麻色であったと」


侍従が言い淀んだ。どうやらジュリアマリア本人が噂を撒き散らしたらしい。


「それで王宮への投書と警備隊への訴えが多いのだな」

「そのようです」


貴族が国王に廃嫡を奏上するのはいつになるだろうか。いい加減認めたらいいと思うが、これしきのことで我が子の廃嫡を受け入れられる器であれば、レナートはあんな目に(・・・・・)遭っていない。


「ジュリアマリアのここ暫くの行動は」

「基本的にデアンジェリス邸から動いておりません。4日前に、王太子からの使いが密かに来たようです。それと2日前に、アンヌンツィアータ邸の生垣を乗り越えようとする不審者を見たという報告が上がっています」


まさかそれもジュリアマリアだろうか。実母が平民(・・・・・)だという情報は得ているが、もしや野生の猿だったのか。


「成功したのか?」

「中に落ちていったようです」

「アンヌンツィアータ嬢との接触は」

「ありうることかと」


レナートは黙考する。暫く大人しくしていたはずのジュリアマリアが向かった先は、共に暮らしたことは殆どないはずの異母姉の元。そしてその直後から広まり始めた噂。


「……一度彼女と話さなければな」


何を思い、こんなことを始めたのか。

脳裏に学士服を着た令嬢の澄まし顔が浮かんで消えた。



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