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〈完結〉愛は契約範囲外  作者: 結塚 まつり


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番外編 ルームメイトは大変そう



更に時は流れて4月、フェデリカはラ・ヴァッレと共に大学を発った。以前話していた建国祭とやらに出席するのだという。海の王国との合同発表会までに帰れるかしら、と憂鬱そうにしていた。流石に間に合うだろう、とラ・ヴァッレが言うので大丈夫だろうと思っていたのだが、何やら揉め事に巻き込まれて帰れなくなったらしい。悲しみに暮れた手紙が届いたので、合同発表会でのことを教えてあげた。


「早く帰ってこないかなぁ」


フェデリカがいない部屋は、いつもより広くて、いつもよりさみしい。


結局、フェデリカが帰ってきたのは建国祭から2か月以上経った6月のことだった。

この時フェデリカは、次期王の婚約者という大層面倒くさそうな地位を手に入れていた。研究を続けられるか心配したが、戻ってきたということは大丈夫なのだろう。そう思ってラヴィニアは、なにひとつ疑問を口にしなかった。大事なのはこれからもフェデリカが研究を続けられるか否かで、地位なんてどうでもいいものだった。

しかしながら、ラヴィニアの予想とは裏腹に、フェデリカは9月に再び大学を発ち、10月には休学手続きを行った。ラヴィニアはこれをとても寂しく思ったが、荷物が僅かに残されていたから、きっと帰ってくるだろうと信じていた。ラ・ヴァッレはそうは思っていないみたいだけれど、研究馬鹿のフェデリカが研究を捨てるなんてありえない話だ。

その考えは、フェデリカが国王陛下のお妃さまになったと聞いても変わらなかった。

そしてラヴィニアの予想通り、フェデリカは3年経った頃に戻ってきたのである。


「おかえり、ディー!」

「ただいま、ヴィー」


柔らかく微笑んだフェデリカを前にして、ラヴィニアはとても嬉しくなった。


「ねえディー、ごはん食べに行こう!」

「荷ほどきが終わってからね」

「はーい!」


再び、穏やかな日常が戻ってきた。扉を開けられなくて呆れられることも多いけれど、それも含めて幸せだと言い切れる。


「ディー、ディー」

「......どうしたの、ヴィー」


けれど、時々フェデリカはぼうっとしている。どこか遠くを眺めるような、そんな目をする。


「なんかディー、心ここにあらずって感じ。何かあったの?」

「......3年間言われ続けた言葉をずっと聞いていないから、たまに変な気分になるの」

「なんて言葉? あたしが言ってあげる!」

「内緒」

「えー! けちー!」

「ふふふ」


3年間。国王さまのお妃なんていうものをしていて、フェデリカは何を思っていたのだろう。その言葉は、フェデリカにとってどんな意味があったのだろう。

考えても分からないので、ラヴィニアはやがてその疑問ごと忘れてしまった。


「え......陛下が、亡くなった?」


ラ・ヴァッレが夕飯中の食堂に駆け込んできたのは、フェデリカが大学に戻ってきて1年が経った頃だった。伝えに来たラ・ヴァッレも伝えられたフェデリカも真っ青で、ラヴィニアは陛下が死んだということよりもふたりの顔色を心配した。


「ディー、大丈夫?」

「......ごめんなさい。少し、外に出てくる」

「えっ、ディー、もう夜になるよ!? 寒いよ」


追いかけようとしたラヴィニアを、ラ・ヴァッレが止めた。


「なんで止めるの!」

「ひとりになりたい時間もあるだろうよ」

「でも!」

「無効にしたとはいえ夫婦だったんだ。思うことがあるんだろう」

「......でも、ディーは戻ってきたよ。旦那さんよりも研究が大事だからでしょ?」

「プロヴェンツァーレ。もしお前が研究をやめないとアンヌンツィアータが死ぬと言われたら、どうする?」


ラヴィニアは目を見開いた。ラヴィニアにとって研究は何よりも大事だ。けれど同時に、フェデリカも大切だ。


「......とっても、困る」

「そういうことだ」


ラヴィニアは唇を引き結んだ。フェデリカは泣いているのだろうか。側にいたいけれど、フェデリカはそれを望まないかもしれない。


「......ねえヴァッレ、人の心って難しいんだね」

「そうだな」


フェデリカはあまり時間を置かず帰ってきた。目は腫れていなかったが、なんとなく泣いたんだろうなということは分かった。


「......ディー」

「なぁに」

「あたし、言葉選び下手ってよく言われるけど......聞くのはできるよ。だから、言いたくなったらなんでも言って」


ありがとう、とくぐもった返事が聞こえた。

けれどそれ以降、フェデリカが分かりやすく泣いた時はなかったし、振る舞いも普段通りだった。あまりに普段通りだから、逆に不自然だったのは1か月程度。2か月が経った頃には、もう完全にいつものフェデリカに戻っていて、ラヴィニアは安堵した。

更に時は流れて半年後、季節外れの新入生がキエザにやってきた。後輩が少ないラヴィニアは、医学研究室に来てほしいなぁ、と思っていた。


「どうすれば医学研究室の魅力を感じてもらえるかなぁ? 解剖図鑑ね、ヴァッレは嫌がってたの」

「貴族は高位であればより神殿との繋がりも深くなるからね、仕方ないわ。ラ・ヴァッレがビビリなだけかもしれないけど」

「喧しい。平民で何をしようか迷っている人なら狙い目じゃないか」

「あたしみたいな?」

「そう」


確かに、と頷いていると、不意にこちらに近づいてくる人影を認めた。食堂にはまだ空席が多いので、通り過ぎるのかもしれない。しかし、なんだか見覚えのある顔をしている。どこで見たのだったか、と記憶を掘り返して、思い出した。隣のラ・ヴァッレは、なぜか真っ青な顔をしている。


「あっ、ディーの旦那さんだ!」

「へ、いか」

「こんにちは、フェデリカ」


3人の声は同時だった。一拍遅れて弾かれたように振り返ったフェデリカは唇を震わせる。


「な.....なんで」

「お隣いいかな?」

「あ、え」


返答を聞く前に男はフェデリカの隣に腰を下ろした。フェデリカは分かりやすく狼狽えている。ラヴィニアはあれ、と首を傾げた。死んだと聞いたはずだが。


「初めまして、ラ・ヴァッレ学士、プロヴェンツァーレ学士。私はレナート・ラフォレーゼ。専攻は物理学希望。今日から毎日フェデリカを口説きに来るが気にしないでくれ」

「は、あ!?」

「陛下にそっくりだね!」

「よく言われる」


フェデリカは目を剥き、ラ・ヴァッレは半分意識を飛ばしている。


「ラフォレーゼさんはディーのどこが好きなの?」

「話せば長くなるが」

「――っ、私はこれで失礼するわ」

「えっディー、まだ食べ終わってな......行っちゃった」


フェデリカは荒々しく立ち上がると小走りに食堂を出て行く。その背を見送り、ラヴィニアはぽかんと口を開けた。


「もしかして、ラフォレーゼさん嫌われている?」

「さて、どうだろうな」


ラフォレーゼは楽しそうに笑った。

そして宣言通り、彼は毎日フェデリカを口説きに来たのである。


「フェデリカ、愛している」

「フェデリカ、好きだ」

「フェデリカ、今日も美しいな」


所構わず人の目構わず、ラフォレーゼはフェデリカに愛の言葉を囁き続けた。なるほどこれが3年間言われ続けた言葉か、とふたりのやりとりを見ながらラヴィニアは思った。


「なんなのよ、あの人......!」

「ディー、変な人に好かれたね」

「変で収まる人じゃないわ、あれは!」

「でもディー、嫌じゃないんでしょ?」


ラヴィニアが言うと、フェデリカは動きを止めた。あれ、とラヴィニアは首を傾げる。


「だって嫌だったらとっくに退学させてるでしょ? それか再起できないくらいこてんぱんにしてる。なのに何もしてないってことは、実はラフォレーゼさんのことすむぐ」

「それ以上、言わないで」


フェデリカは真っ赤な顔をしてラヴィニアの口を塞いだ。


「ねえラフォレーゼさん、そろそろご飯時以外に口説いてよ」

「なぜ?」

「ディーが逃げちゃう。あたし、ディーとごはん食べたいの!」

「そうか。だが私も毎日一度は愛していると言いたいんだ」

「むー。あっ、じゃああたしがフェデリカの予定教えてあげるから、それで手を打たない?」

「話を聞こうじゃないか」


一日の行動パターンを伝えると、ラフォレーゼは満足そうに頷いた。ちなみにこのラヴィニアの行為を人は裏切りと呼ぶ。


「非常に助かる。これを基に探すことにしよう」

「頑張って」


ラヴィニアはお盆を持って席を立った。


「きっとそろそろ、ディーが降伏すると思うよ」

「ほう?」

「だって、ラフォレーゼさんを見る目、物理学の書物を見る目に似てるもん」


ラフォレーゼは目を見開き、笑った。


「――あぁ。知っている」







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