第三十三話 子爵の死
会談の後、レナートの容体が悪化したと報告が入った。錯乱、幻覚、嘔吐。フェデリカは思わず腰を浮かしたが、部屋に戻ったところでできることは何もない。他にやることがあると己を叱咤した。
「――調査は」
「毒はまだ断定に至っておりませんが、トリカブトかそれに類似したものではないかと。毒の入手経路と合わせて引き続き調べさせています。また犯人ですが、料理人もメイドも容疑を否認しております」
「陛下が使用される茶器は決まっているわ。今日の担当者だけでなく、近日中の担当者まで、すべて洗い出しなさい」
「はっ」
フェデリカは目を瞑る。黒幕は誰だろう。あれほど警告された砂の皇国か、それとも王位を狙った愚かな貴族か。箝口令は敷いたが、明日にはレナートが倒れたことは知れ渡るだろう。元よりフェデリカが王妃であることに難癖を付けていた貴族たちが、また騒ぎ立てるかもしれない。
――全部、私が片付けなくては。
レナートが起きた時、何もやることがないくらいにしないと。でないとあの人は、また笑って重荷を抱え込むのだろう。
フェデリカはきつく目を瞑る。如何に己がレナートに支えられていたのかを改めて思い知った。
二つ目の凶報がもたらされたのは、レナートが倒れた翌日のことであった。既に貴族たちには国王が毒を盛られたという噂が広まっており、フェデリカは一睡もできず対処に追われていた。
「妃殿下っ......!」
「何事です、騒々しい」
「デアンジェリス子爵が事故に遭われ、重体だそうです。ご令嬢から、至急子爵邸までお運びいただきたいと」
蒼白な顔色で告げられた言葉に、フェデリカは目を見開いた。カルミネから届いた警告が頭に過ぎる。養父ではなく、実父だったのだろうか。
「妃殿下、どうなさいますか?」
従者に問われ、フェデリカは唇を噛みしめた。
今王宮を空ければ、国王の大事にも関わらず私情を優先する王妃と謗られる。しかし子爵邸に向かわなければ、実の父親の死に目に立ち合おうともしない冷酷な娘と悪罵されるだろう。どちらにせよ非難が免れないのであれば。
「......侍医を遣わしなさい」
侍従は息を呑み、ややあって頭を下げた。
子爵が亡くなったと報せがあったのは、それから間もなくのことであった。
***
「――妃殿下!」
「......デアンジェリス令嬢」
ジュリアマリアが執務室に飛び込んできたのは夜のことだった。涙で顔をぐしゃぐしゃにした姿は、淑女のあり方とはかけ離れている。
――ああ、これが正しい娘の在り方か。
「どうして来なかったんですか! お父さんは......お父様が危ないと、あたしお知らせしたのに!」
「陛下が倒れられたため、私まで王宮を空けるわけにはいかないと判断した」
「えっ......陛下が? あの、重篤なんですか?」
ジュリアマリアは掴みかからんばかりの勢いから一転、目を見開いて大人しくなった。
「いいえ、今は落ち着いているわ」
「よ、よかった......」
「子爵のことは私も残念に思う。葬儀の手配は?」
「しました。ブルーノが……イゾラ公爵閣下が手伝ってくださいました」
お姉様、と幾分か落ち着いた声がした。
「どうしてそんなに落ち着いているんですか」
「令嬢」
「あたしは慌てました。泣いて喚いて、貴族としてはだめかもしれません。でも、これは人として当たり前のことだと思うんです。陛下が倒れたこともお父様が......お父様が死んだことも、悲しくないんですか?」
「悲しくは思っている」
「悲しくは、ってなんですか? 王妃だから泣いちゃいけないってことなんですか!? 王妃になったら、人の心まで捨てなきゃいけないんですか!?」
「――っ、私だって泣きたいわよ!」
フェデリカは声を荒げた。
もしこれがフェデリカの血筋を狙う者によって引き起こされたのなら、フェデリカは泣く資格を持たない。巻き込まれて毒を盛られたレナートと死んだ子爵に、どう詫びればいいのかも分からない。否、死者に詫びる方法などないのだ。
そして誰かにこれを打ち明けることも叶わない。フェデリカの出生の秘密を打ち明けることは、国にまで影響をもたらしかねない。
「ひ、でん」
「――令嬢、夜も遅いから早くお帰りなさい」
近衛騎士にジュリアマリアを送らせると、フェデリカは天を仰いだ。
——研究がしたい。大学に戻りたい。人の世から離れたい。
もう、何もしたくない——願いとは裏腹に夜は明けていく。




