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〈完結〉愛は契約範囲外  作者: 結塚 まつり


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第二十一話 即位

既に日は暮れた。しかし雪が残る路地は灯りに照らされ、酒に酔った人々の笑い声や祝福の明るい声が聞こえてくるようだった。


「――冷えるよ」

「あ......ありがとうございます」


レナートがフェデリカの背後に立った。かけられた羽織をそのままに、フェデリカはもう一度窓の外を眺める。


「まだ、灯りが消えないのですね」

「新王即位と婚姻が重なったからね。民としてははしゃがずにはいられないんだろう」


レナートは苦笑した。婚姻が期間限定であると知っている身からすると、微妙な心境であることは間違いない。

——国王が倒れて半年が過ぎた。容体は結局改善せず、これを受けて貴族議会は国王の退位を賛成多数で可決し、国王は療養のため離宮に発った。病状は一進一退を繰り返し、寝て過ごす日が多いという。年が明けて数日が経った今日は、新王の即位式と結婚式の日である。


「そういえば、王立研究所から許可を得られたよ」

「っ、本当ですか!?」


フェデリカは国王の退位が決まった段階で大学を休学した。退学じゃないなら戻ってくるでしょ、王妃になっても論文は読んでね、と皆あっさりした反応で、やはり拍子抜けしたことを覚えている。気がかりだったのはアーキル皇子に最後に言われた「砂の皇国に気を付けてください」という言葉だが、今のところ怪しい動きはない。


「即位式と結婚式の準備で忙しかったからね。息抜きしてくるといい」

「ありがとうございます!」


フェデリカは仕舞いこんだ研究資料に思いを馳せた。口角が上がっていくのが自分でもわかる。


「――さ、今日はもう遅いし、寝ようか」

「はい」


大きな寝台はふたりが寝ても十分にゆとりがある。しかしレナートは真ん中に枕を置き、もしここを越えたら殴ってくれて構わない、と生真面目な顔で言っている。承知しました、と答えつつ、フェデリカは心配になった。何しろ寮では毎日ベッドから落ちて目覚めている。


「あ、そうだ。陛下のこと、お名前で呼んでもいいですか?」

「......構わないけれど、なぜ?」

「陛下は私のことをフェデリカとお呼びになるでしょう? なので私も名前をお呼びしようかと」


大学では名前呼びか肩書き呼びだったので、名前呼びをされているのに肩書きで相手を呼ぶのは違和感がある。


「なるほど。いいよ」

「ありがとうございます。では、おやすみなさい」

「おやすみ」


枕が変わって眠れるか心配だったが、気づけば朝になっていて、レナートの顔がすぐ近くにあった。相変わらず、彫刻が走って逃げ出しそうな造形だ。繁々眺めていると、青い瞳が細められた。


「......おはよう」

「おはようございます」


挨拶をしてから我に返る。己の位置を確かめると、真ん中に置かれた枕が遠くにあった。


「申し訳ありません。どうぞ殴ってください」

「へ?」

「真ん中の枕を乗り越えてきてしまったようですので」


レナートは噴き出した。子供のような笑い方に、思わずフェデリカは目を瞠る。


「ははっ! 婦女子を殴るわけにはいかないよ」

「ですが真ん中を越えたら殴って構わないと」

「それは君限定だよ」

「私が殿下を襲うかもしれません」


レナートはきょとんとした後、爆笑した。


「君に負けないくらいには鍛えているつもりだよ」

「確かに」


ひょろひょろの研究者と騎士にも勝てる国王なら、どう考えたって後者に軍配が上がる。


「今後は真ん中の枕を乗り越えないように努力いたします」

「うーん。頑張って?」


意気込みとは対照的に何度も枕を乗り越え、ついには枕が置かれなくなることをフェデリカは知らない。



***



「......君は警戒心をどこに落としてきたんだ」


黒い睫毛は伏せられ、小さな唇からは安らかな寝息が漏れている。レナートは苦笑して、顔にかかった黒髪を耳にかけてやった。

ぬくもりを感じて目覚めると、ひとり分は離れて眠っていたはずのフェデリカがすぐ近くまで来ていた。どうやら真ん中の枕を乗り越えてきたらしい。寝相なので致し方ないこととはいえ、ここまで男性への警戒心が欠如しているのも如何なものか。


「3年か」


短いような、長いような。この契約が終わったとき、自分は何を思っているのだろう。フェデリカは勿論、研究に飛びつくだろうと想像がつくが。無事に退位できるだろうか。何せ退位の案が「死亡偽装して国外逃亡」「病による後遺症で政務遂行不可能」「重大な失策を犯して追放」「王命による押し付け」だ。どれを選べば一番穏やかなのか、まず悩む。そして退位をした後にやりたいことがない自分の空虚さを思う。

子も残せず、大役からは逃げ。果たしてその先に何が待っているのだろう。


レナートは目を閉じた。ひどく寂しい心地がした。



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