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〈完結〉愛は契約範囲外  作者: 伊沙羽 璃衣


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第二話 辺境伯令嬢フェデリカとその友人

大衆の面前での王太子の婚約破棄——世紀の大事変は、国王兄弟の手によって、ひとまずその場での収拾がはかられた。王は箝口令(かんこうれい)を敷いたものの、一夜にして大事変は貴族のみならず、平民の間に広まった。

廃嫡は免れぬだろう、と貴族たちは誰もが予想した——ただふたりを除いて。



***



婚約破棄騒動から一週間が経った。

フェデリカが聴聞室を出ると、日はちょうど中天に登ったところだった。思いの外、時間を取られてしまった。


「あら、フェデリカじゃないの」


面白がるような声に振り向くと、貴族学園初等部からの友人、ペネロペが立っている。フェデリカが3度飛び級をしたため、同じ学年だったのは1年だけだが。


「ペネロペ、久しぶりね」

「あたくし、今暇なの。暇潰しに付き合ってちょうだい」

「仕方ないわね」


ペネロペに手を引かれるがまま、フェデリカは迷宮庭園に足を踏み入れた。

春も終わりである。

庭園の花々は見頃を過ぎて散り始めている。花の迷路の中でペネロペは足を止めた。


「――それで、あなたは聴聞の帰りかしら」

「ええ。あなたは婚約解消手続きの待ち時間?」

「そうよ。カヴァリエリ嬢に公開告白したあの馬鹿な男との、ね」


ペネロペはつい最近勘当された宰相家次男、ティベリオの婚約者であった。


「お祝いの言葉をかけていいものかしら?」

「他にどんな言葉が当てはまると言うの。カヴァリエリ嬢以外の女はみんな一緒だ、なんてほざく男との婚約解消は、めでたい以外の何者でもなくてよ」

「そう――それではペネロペ、婚約解消おめでとう」


ありがとう、とペネロペは花のように笑った。


「カヴァリエリ家にも慰謝料を請求しているから、王太子殿下の地盤は随分揺らぐでしょうね」


不貞に加え、カヴァリエリ令嬢は神殿を軽視しているのではないかと疑われている。宣誓書のある証言に対し、宣誓書なき反駁を行った為だ。神殿法に基づきこの反駁は無効となる。


「王太子殿下の外戚が奮闘しているようだけれど、いつまで持つものかしらね」

「さぁ、どうかしら」

「他人事のような口ぶりだけれど、あなたに関係ない話ではなくてよ――王位継承順位第十三位の辺境伯家ご令嬢?」

「王位継承権が回復したところで私は半分下級貴族、端から頭数に数えられていないわ」

「否定はしないわ」


母方で王家の血を引いているが、フェデリカの実父は子爵である。


「聴聞は無事に済んで? あたくしの時は、尋問かと思うほど色々と聞かれたけれど」

「ええ。私があの娘と私が共に暮らした期間なんて、殆どないもの」

「離れていた期間が長いとはいえ、妹に対し随分な言い様ね?」

「元、をつけていただけて?」


王太子の恋人はフェデリカの妹だ。幼い頃は病弱で、4年前にようやく王都に戻ってきた。貴族学園には2年前、第5学年から編入している。年の差はひとつだが、貴族学園や大学にいたフェデリカとは会話したことも少ない。


「ところで、知っていて? 宣誓書を使った証言を用いることを、あの娘が提案したそうよ。弱小子爵家の令嬢は、どこで宣誓書なんて知ったのかしらね?」

「さぁ」


フェデリカは素知らぬ顔で首を傾げる。ペネロペはジッとフェデリカを見つめ、小さくため息を吐いた。


「……時間を取らせたわね。あなたも暫く王都に滞在するんでしょうから、また会いましょう」


こちらの返事も聞かずにペネロペは背を向けて歩き始める。


「――ありがとう、とだけ言っておくわ」


フェデリカは何も言わず、ただ微笑んだ。



***



フェデリカの聴聞の日から間を置かずして、貴族議会の召集が決定された。貴族には権勢と爵位に応じた票数が与えられ、決議が行われる。

辺境伯家当主の名代として議会に参加する予定のフェデリカは、庭園にいた。懐中時計の長針は9時ちょうどを指している。さて議会に行くか、と立ち上がった瞬間、草木を踏み分ける荒々しい足音がした。薔薇に覆われたアーチを潜ったのはまだ若い男、名をカルミネという。物理学と数学と、異なる専攻ではあるが大学の同期である。


「あら、敬愛するご親戚どの。随分と息が荒いわね」

「お前が……1分も待たずに帰るだろうと……思ったから……」

「当たり前でしょう?」


フェデリカが微笑みを浮かべると、カルミネは嫌そうに眉を顰めた。


「それで、わざわざ呼び出して何の御用?」

「分かっているだろう、わざわざそんな呼び方をしているんだから!」

「あら嫌だ、私は単に親しみを込めて呼んだだけよ」

「よくもまぁ白々と嘘の吐ける」

「貴族議会での話をあなたにも伝えてほしいというところかしら」


カルミネは言葉に詰まった。脈絡なく投げかけられた言葉は、的を射ていた。


「……その通りだ」

「お父君に聞けばいいのではなくて?」


カルミネは建国当初より続く由緒正しき侯爵家の次男だ。王位継承順位は片手の指で数えられ、彼自身もアルディーニ伯爵位を賜っている。


「父上は心配させまいと私に隠し立てなさるだろうから」

「自分と息子が槍玉に上げられたなんて言いたくないでしょうね」

「親戚なのにそ知らぬふりをしおって......兎に角、会議が終わり次第図書館に来てくれ」


フェデリカはこれに答えず、ところで、と話題を変える。


「出立する時に頼んだ光の回折の計算の検証は終わっていて?」

「お前と違って私は馬車酔いするんだ、無茶を言うな」

「なら、貴族議会の間に終わらせてちょうだい。それなら教えてあげるわ」

「は!?」


カルミネは目を剥いている。当然だろう、あの計算はなかなかに面倒くさい。


「あら出来ないの? 残念ね。馬車酔いの方が、国の大事とやらよりも深刻だったようね?」

「〜っ、あぁもう分かった、やればいいんだろう! 姑息に脅しおって」

「姑息だなんて、淑女に対して失礼ね」

「どこに淑女がいるというんだ、どこに」 


フェデリカは小さく笑う。


「それにしたって、どうして建国祭がこの時期なのかしら。大学合同研究発表会に間に合わないわ」

「お前な、今、国の一大事だということを理解しているか?」

「王位継承なんてどうでもいいわ。それより早く大学に帰って実験をしたい」

「私は、いつかお前が不敬罪で殺されるであろうと予感している」


フェデリカは片手を振って庭園を後にした。





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