第十三話 紫
「――デア、アンヌンツィアータ!」
「ラ・ヴァッレ」
翌日、約束の時間よりやや早めに王宮の客間に向かっていると、後ろから呼び止める声がした。興奮も顕にカルミネは口を開く。
「エスピノサ殿と語る機会をお前が作ってくれたと聞いた! 礼を言う!」
「提案してくださったのはエスピノサ様で、あなたを巻き込んだのは王弟殿下よ」
「ああそうなのか、兎も角も楽しみだな!」
「ええ」
「それと、だな。お前、また、噂になったぞ」
フェデリカは束の間目を瞑った。
「......今度は何」
「海の王国の落胤、エスピノサ殿の異母妹......それからお前が怒り狂うだろうものがひとつ」
「わかったわ、言わなくていい」
フェデリカは深々と溜息を吐いた。大方、また研究成果がフェデリカのものではないと騒ぎ立て始めたのだろう。
「......一応、血縁はあるじゃないの」
「まあ、な」
カルミネ、フェデリカ、ベルトランの3名は、4代前の国王の血を引いている。随分遠いが、親戚であることは間違いないのだ。
「だが、紫の瞳というのが稀なんだ。お前の直系親族でその色の者がいないだろう」
「......そうね」
「その、勝手に調べたんで嫌だったら申し訳ないが......エスピノサ領主の血族にも、紫の瞳の者はいないようだった」
「申し訳ないという台詞は、エスピノサ様に申し上げなさいな」
互いに血族には存在しない瞳の色。雰囲気が似ているという発言。これは果たして、何を意味するのか。
母が生きていれば、答えてくれただろうか。今や考えても詮無いことだが。
「......一度、調べるわ」
「それがいいと思うぞ」
研究だけして生きていきたいのに、どうしてこうも面倒事ばかりが降ってくるのだろう。
フェデリカは小さく溜息を吐いた。
***
「よくお越しくださった」
ベルトランは満面の笑みでふたりを迎えた。光の回折から彗星の円錐曲線、最近発表された論文の内容まで、とめどなく会話が続いた。
「――大変実りある時間だった。おふたりが帰られてしまうのが名残惜しいな」
「また大学でお会いできるでしょうか」
「いや。実は私はこの研究会の参加を最後に大学を卒業し研究からは離れるつもりだ」
「えっ......」
フェデリカは息を呑んだ。研究にすべてを捧げているふたりにとって、その言葉は衝撃的だった。
「私は跡取り息子ゆえ、そろそろ身を固めろと父に急かされてな。何、空を見上げるだけの生活もまた楽しいものよ」
多分、ベルトランはフェデリカほど研究に傾倒していないのだろう。朗らかな笑みを浮かべていた。
お暇しようという時になって、フェデリカはお聞きしたいことがある、と言った。カルミネは内容を察してか先に帰路についた。
「私に聞きたいこととは、なんであろうか」
「——私の瞳の色は、親族の誰にも存在しません。エスピノサ様も同様であるとお聞きしました」
ベルトランの目が細められた。似ているだろうか。フェデリカにはよく分からない。
「エスピノサ様は、ご自身以外で紫の瞳を持つ方をご存知ですか?」
「――そうだな。ひとりだけ知っているが」
フェデリカは小さく息を呑んだ。海の王国にはいないと聞いていたが、そうではないのだろうか。
「そなただ」
「へ」
「他は知らん。そもそも紫という色はなかなかない色だそうだからな」
「そう、ですね」
「実は私は養子でな。生まれは砂の皇国だそうだ。幼い時に親父殿——エスピノサ領主に引き取られたので、覚えてはいないが」
フェデリカは驚いたが、かろうじて表情には出さずに済んだ。カルミネが口にしなかったということは、侯爵家の人間にも辿らせることができない秘密であるはずだ。
「実の両親は生まれてすぐに死んだから本当かは知らんが、瞳の色は赤と青だったらしい。もしかすると絵の具のように足し合わせたのかもしれんな」
「そう......でしたか。不躾な質問にお答えくださり、ありがとうございます」
「なんの。吹聴されても困ることではないからな」
ベルトランは呵々と笑った。実際、吹聴したところで誰も信じないだろう。
「私がこれを知ったのは十の時だ。ご令嬢も、早く疑念を解消できるといいな」
「はい。重ね重ね、御礼申し上げます」
フェデリカは一礼して退出した。
——砂の皇国。生まれてすぐに亡くなった両親。海の王国へ移住。赤と青の瞳。絵の具。
何も可笑しなところはない。なのに、この違和感は何だろう。
フェデリカはその日の内に養父と実父に向けて手紙を認めた。
大学への帰還は明日に迫っていた。




