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繰り返す毎日

翌日、真理子はいつも通り「おにぎり工房ひなた」を開けた。

 炊き立ての湯気に包まれ、出汁の香りが店内に広がる。

 常連客が次々と暖簾をくぐる中、しかし——悠の姿だけは現れなかった。


 あの夜の事が胸をよぎる。

 ただ、真理子は黙々と塩むすびを握り続けた。



 一か月が過ぎた。

 まだ薄暗い早朝、店の戸を開ける前。

 仕込みの米袋を抱えながら裏路地に足を踏み入れた真理子は、思わず息をのんだ。


 ——!!


 スーツは破れ、所々に血のシミが。顔には切り傷と痣、唇は乾ききっていた。

 その体は、今にも消え入りそうなほどにやつれていた。


 「……あんた、なにしてんの」


 真理子は米袋を放り出し、佐伯悠を抱き起こす。

 悠の目がかすかに開き、弱々しい声が漏れた。


 「行くとこなくて…」


 「ええから しゃべったらあかん」


 「……組織を……抜けたんだ」


 真理子は一瞬止まったが無言で店の中へ運び込み、応急処置を施した。

 包帯を巻き終えると、悠は途切れ途切れに語り出した。


 「制裁が来た……刺客だ。何人かは……倒した。だが、なぜか途中で奴らは急に引いた」


 「……うん これやろ」


 真理子はテーブルの上の新聞を悠に見せた。

 号外と書かれたそこには大きな見出しが踊っていた。


 『政権交代 与党大敗、野党連立へ』


 「……後ろ盾を失ったんや。組織はもう……解体された」


 真理子はしばらく虚ろな目で新聞を見る悠を見つめ、やがてふっと笑った。


 「まあ、考えるんは後でええ。まずは……食べや」


 そう言って炊きたての塩むすびを差し出す。

 悠は無言でかじりつき、しばらく咀嚼した後、ぽつりとつぶやいた。


 「……うめえ…」



 数週間後。


 「おにぎり工房ひなた」には今日も人が並ぶ。

 真理子は白い割烹着姿で、慣れた手つきでおにぎりを結び、笑顔を向ける。

 昼どき、店の外には子どもたちの笑い声が響く。


 一方、悠は満員電車に揺られながら証券会社へと通勤していた。

 スーツの襟を正し、資料を確認する。

 営業先では値下がり必至の銘柄ではなく、確かに将来性のある株を勧めるようになっていた。


 「佐伯、最近調子ええな」

 同僚が声をかけると、悠は微笑みながら答える。

 「……お客さんが喜んでくれるのが一番いいから」



 昼休み。

 オフィスビルの屋上で、悠は弁当袋からおにぎりを取り出した。

 包み紙の端に、小さく赤い「ひなた」の印。


「えぇ…またサラダおにぎりかよ 鮭って言ったのに」

――あんたは野菜食べなあかん 早死にすんで! と真理子はしつこく言っていた――

 

遠くの海には大きな外国船が数隻浮かんでいる。

頬に当たる初夏の風は心地よかった。


 海苔を噛み、塩の加減に目を細める。

 遠く街の喧騒の中、悠はひとり、静かに空を仰いだ。


 ——今の悠は少し前の自分ではない、未来は未知だが黒くはなかった。


しかし、不安は消えるわけでは無い、闇の世界に一度足を踏み入れた以上、何も起こらないという可能性はゼロではないのだから。



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