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邂逅

真理子は狭いアパートに戻ると、黙って割烹着を外し、翌朝の仕込みにとりかかった。

炊飯器から立ち上る湯気が湿気で窓を曇らせ、まるで部屋が小さな蒸し窯のようだった。

タンクトップ姿の真理子の素肌には玉のような汗が張り付いていた。

流し台の横で震えるスマホには、組織からの不在着信が三十件以上。

画面を一瞥し、ため息を吐き、そのまま裏返した。


 「……知らんわ、もう…」


 引き出しから表紙の擦り切れた小さなアルバムを取り出す。

ページの間から滑り落ちた一枚の写真を手に取ると、そこにはまだ幼い子供の笑顔が写っていた。

指先でその輪郭をなぞるうち、目頭が熱くなる。

やがて布団へ倒れ込み、顔を埋めて、 こもった叫びを漏らした。


 「うわあああああっ!」


 その声は誰に届くわけでもなく、湿った部屋に吸い込まれて消えた。



 翌朝。

「おにぎり工房 ひなた」の前には、いつも通り割烹着の真理子が立っていた。

頬には薄くそばかす、笑みを浮かべ、「まいど、おおきに~」と声が聞こえる。

昨夜の姿を知る者など、この街に何人いるのか。

「おっちゃん体調どない?」

いつも通り常連客に気さくに声をかける。


 悠はいつものように不愛想に店先に並んだおにぎりを指さした。

 「いつものな」とニコニコしながらおにぎりを包む。

真理子が包みを渡す瞬間、二人の視線が触れ合う。

一瞬だけ、緊張が走った。

真理子「……はい いつもおおきに」

悠はいつものようにコクっと頭を下げるだけだった。


 入れ違いに年配の女性の二人連れは入ってきた。

「おばちゃん いらっしゃい」と真理子の声が後ろから聞こえた。



 昼休み。

会社の屋上で、悠はおにぎりの包みを開いた。

ふと、二つの包紙それぞれに紙に鉛筆で描かれたような線と意味不明な記号があることに気づく。

悠はそれを回転させたりしてつなぎ合わせるとどうやらそれは経路のようだった。

素人が見るとただの線だが、その筋の物が見ると簡単に理解できた。

線は、昨夜惨殺死体が見つかった廃ビル近くの湾岸地区を指していた。


少なくともあの店主がただの店主でない事ははっきりした。


 ――あからさまな罠か




 夜。

湾岸地区のさび付いたコンテナの間に、悠は立っていた。

背後で波に揺られる船が軋む音がする。


 ふと背後で声がする。

「早いなあ お客さん」


全く気配がしなかった。

しかし悠は悟られないよう前を向いたまま答えた。


 悠「……どういうつもりだ」

 真理子「まあ。来るかどうか、賭けやったけど わかるやろ?死んでほしいんや」

 悠「俺を消すって? ならあの時缶ビールじゃなく頭を打ちぬけばよかったんじゃないですか?」

 真理子「おっ あんたこんなにしゃべれるんや」


すると後ろで動きがった。気配で分かる。 

真理子はすでに悠の間合いにいる。

その瞬間、暗闇の下からナイフの一撃が飛んでくる。

「速い・・・」

悠の右耳に激痛が走る。耳たぶの少し上がぱっくり切れていた。

どうやら真理子は両手にナイフを持っている。

途切れない真理子の攻撃により、少しずつ切り傷が増えていき、悠のTシャツは赤く染まっていった。


「なんで反撃せえへんの?」と真理子は言った。

「……」悠は何も答えない。

「じゃあこれで最後なっ!!」真理子は悠の心臓をめがけ高速の突きを繰り出した。

その瞬間、真理子の動きはピタリと止まった。

悠が真理子のナイフを握り、動きを封じていた。

悠の装着しているタングステン性のグローブは悠の手のひらをナイフの刃から守っていた。

しかし真理子は動く方の左手で再度ナイフの突きを繰り出したが、それより早く悠の蹴りが

真理子の顔側面めがけ繰り出された。

真理子は慌てて左腕を防御に持って行ったが、防御姿勢のまま吹っ飛ばされた。


 しかし真理子はそのまま また暗がりに姿を消した。


「何怒ってんの?」と どこからか真理子のいたずらっぽい声が聞こえる・


悠「からかうのもいい加減にしてください。あんたには殺気が無い。僕を殺す気なんかないんでしょう?」


その時、小さな声で真理子がささやいた 「上」


 そのとき、コンテナの上を小さな赤い光が横切った。

ドローンか?

悠は顔を上げ、2人は光が消えるのを待つ。


 「あんた強いな……おにぎり売ってるおばさんとは思えない」悠が言った。

 「誰がおばさんや あんたとそないに歳変わらんやろ」真理子はちょっとキレ気味で答えた。


 「もうええやろ? ウチな……もう、この仕事、嫌になっとんねん」

 「……は?」

 「命令されて、人殺して、血の臭いまみれて。飽きたわ。もう、ええ加減や」

悠はなぜかクスっと笑ってしまった。しかし悟られないようすぐに表情を戻す。


悠「あのドローンは?」


真理子「わからん」

悠はまだ警戒を解かずに言う。

 「じゃあ、昨夜の死体は……?」

 「ちゃう。ウチちゃう。多分……ウチら、はめられてる」

 「俺たちを犯人に仕立て上げる筋書き、とか?」

 「そんなとこかな。誰かが踊らせとる。ウチら、使い捨ての駒や。ここでどっちかが死ねば物言わぬ犯人の出来上がりや」


まあ無い話ではない と 悠は思った。


 悠「まあでも昨日の死体が誰かとか、本当に興味ないんだよね・・・」


真理子「邪魔やから殺した。犯人は殺し屋」


悠「どっちも死ななかった展開はどうする?どうせ監視されてるけど」


真理子「さあ もう考えるのも嫌になった」


 悠は地面に腰を下ろした。3月の港の潮風は冷たい。地面についた尻から冷たい感覚が上って来るのを感じた。


真理子は暗がりからは出てこない。


真理子「あんた なんでこの仕事してるん?」暗がりから声が聞こえる。


悠「・・・わからない」


真理子「そうか……続きはまたやな」


 いつの間にか真理子の気配は消えていた。

悠はしばらく地面に腰を下ろしたまま、黙って海の沖に見える漁船の明かりを見つめていた。


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