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影を落とすもの

朝の汐路市。

 潮風に乗ってカモメが鳴き、踏切の警報音が乾いた空気を震わせる。通勤客の靴音と車のエンジン音が混ざり合い、まだ眠気を引きずる町を急き立てていた。


 悠は駅へ向かう途中、赤い暖簾のかかる「おにぎり工房ひなた」に立ち寄る。

 いつのまにか常連になっていた。

 開店してまだ一月ほどの新しい店だが、棚に並ぶ十数種類のおにぎりと惣菜はすでに評判になっていた。


 「おはようございます」

 カウンターの奥から店主が柔らかく声をかける。白い割烹着に三角巾の女――日向真理子。


 「鮭と、卵焼き」

 悠は短く告げる。


 「毎度おおきにね。お兄さんいつもそれやね」

 真理子は慣れた手つきで包みながら笑った。


 「……」

 悠は相槌も打たず、会計を済ませる。温かい笑顔も、炊き立ての米の甘みも、彼の舌には何の意味も持たなかった。


 紙袋を受け取って駅に向かう。


 踏切の手前で、小さな影と肩がぶつかった。ノートを散らかしたランドセルの少女。


 「……ごめん」

 悠は冷たく謝り、ノートを拾い集めて渡す。

 悠はノートの表紙に書かれた名前を見た。


 そして何気に少女を顔を見た瞬間、うっすらと記憶がよみがえる。

 ――そういえば、最初は母親と一緒に来ていた。

 あの赤い暖簾がかかり始めた頃、少女は母親の手を握り、真理子の店でおにぎりを選んでいた。


 だが、ある日から一人で来るようになった。

 手に取ったおにぎりを、そのまま胸に抱えて店を出て行く。

 代金は払わない。

 真理子は気づきながらも、声をかけなかった。ただ静かに、他の客と同じように送り出したのを悠は覚えている。


 そして最近――ぱったりと姿を見せなくなった。


 「名前は?」

 去り際、悠はふと思いつき、少女に尋ねる。


 「……じく、美咲」


 「じく?」

 聞き慣れない音に、悠は聞き返した。

 「もう一度」

 「じく」

 少女は悠の語気に一瞬ビクッとしたが少し強い声で言い直した。


 悠は駅へ向かいながらスマートフォンを取り出し、組織の専用アプリを開く。

 入力欄に「じく」とひらがなで打ち込む。


 検索結果は一件だけ。

 「竺」という稀少な姓を持つ女性の記録が浮かぶ。ノートにあったのと同じ漢字だ。

 だがその名は美咲ではなかった。

 報告はつい最近――2週間前、汐路市で不可解な失踪として処理されている。


 ――竺美咲。あの母親は、消えた女と関係があるのか。

 そして真理子の店ができた時期と重なるのは偶然か。


 組織から与えられた任務はただ一つ。

 「証拠を探せ。」


 悠は唇の裏で舌打ちし、画面を閉じた。

 悠は潮風の中を無表情で歩み続けた。

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