第5話 お姉さま、よろしくね
「みなさん、集まっていただきありがとうございます。今夜はまずデモンダーXから始めたいと思います」
日が落ちたばかりで暗くなったニューチャイナタウンの一角にあるアニメショップ。日本のコンビニのように狭い駐車場の前に白人女性が立っていた。
金髪の白人で20代半ばで美人だが表情が乏しく、瞳はグレーで耳たぶにピアスをつけている。黒い細身のワンピースと黒いハイヒールを履いていた。Fenderのギターを持っている。
彼女の名前はセラ・ローレン。ニューヨーク出身のシンガーソングライターだ。今回ニューチャイナタウンのボス、リン・ウォンの依頼で来ていた。周囲は十代の若者たちが百数人集まっている。
セラはニューヨークを中心に活動していたが、ロサンゼルスは初めてだ。同じく人種のるつぼであるLAに興味を抱いたのである。
彼女は日本のアニメ、デモンダーXをはじめ、70年代のアニメソングを歌いだした。すべて日本語だ。若者たちは英語に翻訳された歌よりも、日本語を好んでいた。
その様子をLA市警の警官が二人、パトカーの中で眺めていた。
イラン系のアミール・ホスロー巡査長と、白人の若者、オリバー・スミスの二人組だ。
二人ともハラールフードのケバブを食べていた。彼らの任務はセラの護衛だ。他にもリン・ウォンが雇った警備員も盾と拳銃を装備して警戒している。
二人がいるのは署長のラトヤ・ブラウンの命令だ。
「あいつら意味の分からない歌聞いて、何が面白いのかな」
「俺は聞いてて面白いぞ。リズムがいい。オヤジが生きていた頃だと偶像崇拝を禁じていたから楽しめなかった」
「イスラム教徒って漫画やアニメを嫌うって聞いてましたけど、女が素肌を出すのも嫌ってますよね」
オリバーが愚痴った。イスラム教では、女性の服装には謙虚さ、モデスティという概念があり、肌や体のラインを露出しない服装が推奨されていることが多い。ヒジャブやアバヤを着用している。
ただしアメリカではあまり守られておらず、自由にやっている。
「俺は何とも思ってないな。だが親父の時代はイスラム教以外は全員敵と思っている人間が多かったらしい。俺はそういった連中を見て育ったから、反発しているな」
アミールはケバブを口にした。オリバーはふぅんと気のない返事をする。
「そういや知ってますか? 我が国の大統領は日本からの漫画やゲーム、アニメの配信を規制すると言い出しましたよ。ヒステリーがますますひどくなってますね」
「うちの娘も我が国の漫画やアニメより、日本製が好みだな。俺も同じだ。そもそも漫画とアニメがつまらないのはポリコレ(ポリティカル・コレクトネスの略)の言いなりになっているからだ。奴らの難癖にこだわりすぎて迷走しているのが目に見えているよ」
「でも大統領はポリコレの味方ですよ。日本はポリコレを無視するから敵扱いです。もうアメリカは終わりですね」
オリバーはケバブをぺろりと平らげると、ジュースを飲む。アミールも食べ終えた。
セラは数曲歌い終えると、観客に向かってメッセージを発した。
「この国は自由よ、音楽と同じでね。日本のアニメも一緒よ。そして私は自由の象徴!!」
拍手が巻き起こる。その時、警備員の無線から連絡があった。なんでもバイクに乗った女が銃を持ってそちらに向かっているという。
それを聞いて警備員はセラを連れて店内に入る。他の警備員も観客を避難させて、盾を手に取る。
一台のバイクが疾走してきた。それは全身黒で統一されていた。だが機体には銃弾の跡があり、ヘルメットも弾痕が目立っていた。体つきは胸が膨らんでおり、女性だろう。手にはショットガンを持っていた。噂に聞く犯罪者セントールだ。彼女は前輪を馬のように上げると、ウィリーをしながら走行していく。
彼女の本名はバレンティナ・ベガでテキサス出身のヒスパニック系だ。バイクを自在に操り、バイク乗り窃盗団、テキサス・トレイル・レイダースを率いていた。
警備員たちを蹴散らしていき、セラを一直線で狙ってきた。日本のアニメソングを歌った彼女が殺害されたらアメリカでは日本のアニメ追放に力を入れるだろう。
観客たちは雲の子を散らすように逃げていく。セントールは雑魚に興味がないらしい。これだけが不幸中の幸いであった。
「待て!!」
突如空から声がした。街灯の上に全身黒いぴっちりしたスーツを着た痴女が立っていた。
茶髪のおかっぱ頭に黒い覆面で口元を隠していた。噂のブラッククノイチである。
彼女は疾走するセントールのバイクに乗り移った。まるで曲芸だ。それでもセントールは動じることなく、アクセルを加速させた。
二人とも闇の中へ消えていく。オリバーはほけていたが、アミールは市警のパトカーに無線で連絡を入れていた。追跡しようとしたが、バイクに乗った女たちが道をふさぐ。セントールの仲間のようだ。
店内にいたセラはブラッククノイチをちらりと見た。ロサンゼルス市のダウンタウン地区限定で活動する変質者の話は聞いていたが、実物を見たのは初めてだ。そして何気なくつぶやいた。
「やっぱりアメリカは自由ね」
☆
セントールとブラッククノイチは数百メートル走り続けていた。だがセントールは急遽Uターンをした。ブラッククノイチは放り出されまいと、後ろ向きに飛んだ。彼女はアスファルトの地面にカレイに着地する。
「……噂のアンタさんに会えて光栄やな。でもすぐにあの世に旅立ってもらいまっせ」
声はぼそぼそとした女の声だ。フルフェイスのヘルメットなので表情は読み取れない。なんとなくテキサス訛りに聞こえた。
「死に急ぐな。別にお前は憎くない」
「正義の味方と思い込んどるアホやな。わいの方が健全やで」
「自分で言うな」
セントールはショットガンを撃った。ブラッククノイチはバック転をしながら躱していく。
彼女が避けたところにバイクを発進させ、体当たりをかましていく。
セントールのバイクは前方を鉄板で覆われており、まるで弾丸のようだ。
バイクは小回りが利くがブラッククノイチはたくみにかわす。しかしセントールは拳銃を取り出し、撃った。
弾丸はブラッククノイチの太ももに当たったが、彼女はうめき声を上げただけで、すぐに動き出す。
彼女の全身タイルは防弾チョッキと同じ素材で作られており、弾丸如きでは貫けない。さらに衝撃も和らげる効果もあるのだ。しかも動きやすいと来ている。
セントールは焦ることなく、拳銃を撃ち続ける。狙いは正確で一発一発的確にブラッククノイチを追い詰めていた。
そして弾丸はブラッククノイチの右の脛当てを貫いた。さすがに彼女は膝をつく。
セントールはそれを見逃さず、彼女をひき殺そうとした。
「危ない!!」
突如、黒い影が飛び出し、セントールの前方に飛び乗った。
それは異形であった。日本の正月に出てくる獅子舞のような赤い仮面に、歌舞伎に出てくる白い髪、緑色のチャイナドレスに黄色いタイツを履いていた。胸は控えめで、ほっそりしている。
セントールはビルの壁めがけて加速した。相手は焦ることなく、乗っている。やがて壁に衝突する寸前にセントールのバイクは数秒ビルの壁を上ると、空中で一回転して、着地した。獅子舞も地面に華麗に着地する。
「なんやおまいは、アホのダチかいな?」
「吾はドラゴンクノイチ!! 龍の炎で悪を焼く!!」
ドラゴンクノイチはそう叫んで構えを取る。それは中国拳法の構えであった。獅子舞に見えた仮面もよく見れば通常より一回り小さかった。さらに股間も少し膨らんでいる。あれは男だとブラッククノイチは察した。
「二人増えても同じや!! 邪魔するやつはガラガラヘビのように潰したるで!!」
「吾は龍だ、蛇と一緒にしないでもらおう!!」
ドラゴンクノイチは構えると、セントールはバイクを加速させた。そのままひき殺すつもりなのだ。だがドラゴンクノイチの口が開くと、そこから赤い炎が噴き出た。セントールは火に包まれ、転倒した。バイクはガソリンに火が点火し、爆発する。セントールは転倒の衝撃でそのままぐったりと倒れてしまった。
ブラッククノイチは立ち上がると、ドラゴンクノイチを見た。いったい何者か、彼女は一瞬で見破った。
「まさか、カイなの?」
「係呀,係呀《はい、そうです》」
広東語で返事が返ってきた。次に黒いリムジンが疾走してきた。ドアが開くと二人は車の中に押し込められる。そしてすぐに走り去った。パトカーが数台やってきたが、炎上したバイクと気絶したセントールだけが取り残されていた。
☆
「ひさしぶりね、待っていたわカレン」
ブラッククノイチことカレン・ミヨシはニューチャイナタウンにある屋敷に連れてこられた。中華風の立派な屋敷だ。カレンは幼少時にはよく来たことがあったが、最近はご無沙汰だった。
待っていたのはリン・ウォン。ここのボスだ。40歳で黒い髪を後ろにまとめており、真っ白い顔に、白いチャイナパンツを着ていた。赤い大きな椅子に座っており、女王のようにふるまっていた。両脇には黒いサングラスに黒いチャイナシャツを着たボディガードが立っている。部屋の中も中華風であった。
カイの母親であり、カレンの親戚でもあった。
カイはすでに着替えてある。赤いチャイナシャツに黒いズボンを穿いていた。小柄な少女に見える。
「……リン伯母さまおひさしぶりです。今日はお招きいただきありがとうございます」
カレンも着替えて挨拶する。ここで気弱な演技をする必要はない。堂々としていた。
「まずカイのことを教えるわね。元々カイはうちの縄張りを狙うマフィアたちの囮なのよ。本来はマフィア同士を互いに抗争させて同士討ちを狙っていたの。でもセントールを雇って白人歌手を狙う話を耳にしてね。あなたもそれを察してきたわけでしょう?」
その通りだ。カレンは浮浪者たちからの情報を収集し、AIで吟味した結果、ニューチャイナタウンのアニメショップで行われるセラ・ローレンのミニライブが襲撃されると結果が出た。
セラは音楽業界ではアメリカ一の有名人だ。彼女がニューチャイナタウンで襲撃され亡くなれば、世論は彼女を死に追いやったニューチャイナタウンを潰すことを望むだろう。そうなれば他のマフィアが跡地を利用したがるのは必然だ。
「あなたがブラッククノイチとして活躍していたのは、知っているわ。町中であなたの話題が上っているわよ、悪い意味でね。大方あなたが流した噂でしょう?」
図星である。リンはニューチャイナタウンの元締めであり、マフィアのボスだ。人から大姐と呼ばれている。夫は数年前に病死しており、跡取りがいなかったため彼女がボスの座に収まったのだ。カイはいずれ彼女の跡を継ぐだろう。
「どうかしら、うちのカイと手を組まない? どうせあなたも不法移民やマフィアを狙っているのでしょう、それなら私たちもバックアップするわよ。あなたがIT企業を立ち上げて独自の情報網を持っていているけど、うちの力も必要だと思わない?」
リンは笑顔だが、目は笑っていない。彼女はカレンの実力を理解している。ニューチャイナタウンの顔役でもあくまで権力が通じるのはここだけだ。カレンのIT技術を組み込み、ここの守りを固めたいのだ。
カレンは親戚だが、利用できるなら利用する。リンが大姐としておそれられる理由だ。
それ以前にカレンはリンに頭が上がらない。両親はあまりカレンにかまわなかったが、彼女は自分の子供のように躾けて可愛がってきた。もう一人の母親だ。
あとカレンの祖父がこのことを知れば、大目玉である。警察よりもマフィアよりも祖父が一番怖かった。
「……はい、協力します」
カレンは渋々承諾した。本来自分一人で戦い、その果てに敗れて慰み者になるつもりだったが、カイが協力するとなると話は別だ。彼を巻き込むわけにはいかない。
「お姉さまよろしくね♪」
カイがカレンの左腕に抱き着いた。
「ボクもお姉さまと同じように、男たちに無茶苦茶にされたいな」
カイがそっとカレンの耳元にささやいた。カレンは目を丸くしカイを見たが、カイは子供のようにいたずらっぽく笑うだけだった。
リンはカイをにらむとカレンを見て頭を下げる。カイも彼女と同じマゾヒストなのだ。自分の性癖は理解しているが、親戚も同じだと思うと気が重くなる。母親ならなおさらだ。
カレンは頭が痛くなるが、それもまたヨシと思い直した。
セラ・ローレンは徒華様のキャラです。
セントールのテキサス訛りは大阪弁を意識していますが、でたらめなので気にしないでください。
バレンティナはテキサスではよくある女性の名前だそうです。
宇宙忍者ゴームズのようにヴィランが鈍るようにしてます。




