外伝その5 かんぜんなるせかい
ここはロサンゼルスにあるリトルトーキョーにある一角、木造建てでいかにも和風な造りの道場がある。その名もスキヤキドージョーと呼ばれていた。名前の由来は日本の食べ物に由来しているという。
その道場の主はケン・ミヨシという70歳の老人だ。もっとも食生活と日頃の鍛錬のおかげで筋肉質で50代ほどに見える。現在はアメリカを回っており、留守だ。孫娘のカレン・ミヨシが預かっている。
道場は畳張りでかなり広い。20人くらいは軽く入る。見た目はぼろだが毎日掃除をしており、清潔そのものだ。今道場の真ん中に二人の女性が対峙している。
一人はカレンで17歳の少女だ。茶髪のおかっぱ頭に中肉中背、一見地味で印象に残らない風体だが、この道場では一番の使い手だ。
もう一人は60歳の恵体だ。黒く縮れた髪だが、眉は銀髪で丸い色眼鏡をかけている。唇は分厚く、への字に曲がっていた。腕は丸太のように太く、身体は相撲取りのように丸いが、表面はごつごつした岩のように筋肉が発達している。足はカモシカのように太い。ハナ・カナヤマと言い、日系人を自称している。
二人とも白い道着と黒帯を締めていた。空手ではないので帯の色は関係ない。ここは忍術の道場なのだから。
「ではお相手願います」
「いつでもどうぞ」
二人は両手を合わせて頭を下げた。まずカレンが右拳をハナの腹に決めようとした。寸でで動きを止め、左足でハナの右脚の脛を蹴ろうとする。
ハナは左に一歩ずれた。それだけでカレンの蹴りを躱す。
カレンは身体を独楽のように回転させると、今度は高くジャンプした。そして右足でハナの首を蹴ろうとした。
それも後ろに一歩下がっただけで、鼻をかすめたがかわす。彼女は構えをしていない。
逆にカレンの左足の裾を右手で引っ掛けてる。たちまちバランスを崩し、畳の上に叩きつけられた。
カレンは直前に両手を伸ばし、畳に叩きつけられる瞬間、両手を曲げて衝撃を吸収した。
すぐに両手を軸にして、ハナの足に蹴りを入れる。
だがハナはカレンの左足の膝の裏を蹴った。カレンは悶絶し、ハナはカレンの頭を思いっきり踏みつける。
木槌を思いっきり振り下ろされる衝撃だが、カレンは両手を伸ばし、彼女の足に触れた瞬間、両手を曲げて衝撃を吸収する。
次に彼女の足に両足を挟み、ハナの足に絡みついた。
しかしハナは前のめりに倒れる。カレンはそのまま潰されて気絶した。
「さすがに強いですね」
カレンは気絶から目覚めると、冷たい水を飲んだ。テイクアウトで購入したカルフォルニアロールも一緒だ。彼女はもしゃもしゃ食べながら、ハナをほめていた。
「別に強くない。少ない労力で大きな効果を得ようとした。それだけだな」
ハナはなんでもないように答えた。彼女の正体は、ハンナ・ゴールドバークで元大統領だ。カレンはブラッククノイチとして活動しており、ハンナは彼女を敵視してゴールデンナイトというパワードスーツで彼女を殺そうとした。だがカレンの反撃にあい、ゴールデンナイトはこけて爆発、愚かな大統領は自業自得の最期を迎えたはずであった。
「あなたが犠牲になることで、アメリカを救えると思ったのですか?」
「思わない。この国を救うのは天才じゃない、秀才だ。日本人のようになんでもできる人間こそが、永続的にアメリカを救うのさ」
カレンが訊ねるとハンナは答えた。彼女はアメリカが好きではない。彼女自身はユダヤ系2世で、アメリカに渡ってきた。その後、反ユダヤ主義に苦しめられてきたが、ケンのおかげで世の中を渡り歩く術を学んだ。
彼女は女でありながら財産を増やし、不動産女王となった。ニューヨークには娘夫婦が所持するゴールドバークタワーがある。ハナは世間的に死亡しており、財産は娘が相続している。
彼女は大統領になって国を蝕む病巣を取り除くことに苦心した。その前に有能な人材を育てて起用する。だが重宝せず、癇癪を起して彼女たちを追放した、ように見せかけたのだ。彼女らは各団体でリストラされた有能な人材を集め、ハンナが退陣した後に新しい組織を立ち上げる準備を進めてきた。
アメリカの象徴であるウィリアム・バーベラ・カンパニーを日本企業に買収させるのも、彼女の計画の一つだった。バーベラはアメリカどころか世界一の組織だが、それに胡坐をかき、変革や改革を忌み嫌っていた。とにかく人のものを欲しがり、アダマスコミックやゲーム会社を吸収合併させ、自分好みに塗り替えた。自社のキャラに政治の思想を反映させ、映画もそのような内容が多くなり、アメリカ国民にそっぽを向かれた。
逆に日本のアニメとゲームは大人気だが、バーベラはそれに腹を立て、日本製品をすべて排除するようハンナに要請したのだ。だがハンナはそれを逆手に取り、バーベラを新しく生まれ変わらせるようにしたのである。
「あなたのおかげでうまくいきましたわ」
突如声がした。そこにはブロンドヘアで切れ長な青い目の美女が立っていた。すらっとした身長に整った顔、メリハリの利いたボディに赤いスーツを身にまとっていた。
カレンは彼女を見て驚いた。
「エリザベス・バーベラ……? なんでここに?」
「初めましてカレンさん。私とミヨシ先生は縁が深いのですよ」
「どういうことですか?」
突然の訪問者にカレンは目を丸くした。エリザベス・バーベラは40歳でバーベラの新しい総帥だ。ゴールドバーク大統領は彼女を売国奴呼ばわりして批難していたが、それは目くらましであることをカレンは理解していた。バーベラは日本の634堂に買収され、日本の技術者が来ている。バーベラに寄生する老人たちは排除されていた。現在SNSでは彼女の悪口が連日並べられている。
「あなたはセブンスペシャルズをご存じですか?」
「もちろん知っていますよ。ハナ……、ゴールドバーク元大統領がいつも訴えてましたね。彼らはアメリカを支配する特権階級で、アメリカの富を独り占めしているとか。もしかして実在しているのですか?」
「その通りです。あなたのおじい様、ケン・ミヨシ様がセブンスペシャルズのひとりなのです」
エリザベスの言葉にカレンは呆気にとられた。セブンスペシャルズは都市伝説の一つで、アメリカを7人の人間が支配しているというものだ。ゴールドバーク大統領は常日頃からセブンスペシャルズを語っており、陰暴論にはまったバカ女と思われていた。もっともカレンは彼女の性格を理解しており、セブンスペシャルズは実在していることを察していた。
だが自分の祖父がその一人だと知り、唖然となったのは無理はない。
「本当のことだ。正確にはセブンスペシャルズとはアメリカを癒す存在なのだ。代々ウィリアム・バーベラ・カンパニーの総帥を中心に、6人の男女が特技を持って国を癒すことを従事しているのだよ」
ハナが答えた。
「ミヨシ様は全米で忍術を教えて回っています。あの方のおかげで忍術を学んだ人々が救われたのですよ」
エリザベスが言うと、カレンは思い当たることがあった。レジー・タピアも似たようなもので、ケンのおかげで救われたのだ。忍術と言っても超人的な力を得るわけではない。人生の荒波を乗り越える知識を身に着けるのだ。
「全くその通りですね。あなたがミヨシ先生のお孫さんと知って驚きました」
さらに来客が現れた。ブロンドヘアの美女だ。セラ・ローレンである。なぜ彼女がここに来たのだろうか。その横にはトッド・ステアーズまで立っていた。
「あのお二人はどういう関係ですか?」
「私とトッドは恋人よ。でもトッドがセブンスペシャルズになったのは、つい最近よ。アニマル・ルーズさんの跡を継いだのよ」
セラの言葉にカレンは二人がセブンスペシャルズであることを察した。もっともトッドは最近加入したようである。
セラはシンガーソングライターとして全米で歌を披露している。アニマルは野球で人々を熱狂させており、トッドも実力は十分だ。
「まったく今日は頭がどうにかなりそうだ。都市伝説がマジモンだったり、死んだはずの大統領が目の前に座っているんだからな」
「ついでに言えば彼女はブラッククノイチだよ」
「頭がショートして、湯が沸きそうだよ」
ハナの爆弾発言にトッドは悪態をついた。なぜこの三人が来たのだろう。カレンは意味が分からなかった。
「カレン様、今回わたくしたちが来たのはあなたに真実を知ってもらいたいからなのです。セブンスペシャルズはアメリカを癒す存在であって、権力を持っておりません。ですがわたくしの親族はその役割を歪曲し、自分たちがアメリカを支配してると思い込んでいるのです」
「そりゃあ、厄介な話ですね。でも私には関係ないと思いますが」
「逆です。そもそも7年前、あなたの両親は殺されたのです。事故に見せかけて」
エリザベスの言葉にカレンの体は氷のように凍り付いた。愛する両親は事故死ではなかったのか? なぜ殺されなくてはならなかったのか。カレンの頭は真っ白になった。まるでホワイトアウトのように視界不良を起こす。
「本来セブンスペシャルズはバーベラの総帥が選ぶものです。アメリカを癒せる人材を見出すのも総帥の役目ですね。ワタクシのお父様、ウィリアム・バーベラ三世はミヨシ様の実力に惚れ、セブンスペシャルズに任命したのです。ワタクシもそうですが、バーベラ家は有能な人材に人種など気にも留めません。ですが、親族の一部には有色人種を忌み嫌っており、ミヨシ様を家族もろとも殺害する計画を立てていました。その結果あなたのご両親は事故死に見せかけてしまいましたが、なんとか首謀者を捕らえ、始末させていただきました。本当に申し訳ございませんでした」
エリザベスはカレンに頭を下げた。
「謝らなくていいですよ。あなたが命じたわけではないのでしょう。犯人が罰せられたならそれでいいですよ」
カレンは割り切っていた。これは日本人の血が流れているせいだろう。復讐に対して執着心がないのだ。彼女がマゾヒストで、復讐心に燃える心を糧に悶えるのもいいと思っている。
「ありがとうございます。ですが彼らは別の問題を起こしていました。ピエレッタこと、ゾフィー・シュミット様の両親を殺害したのも彼らなのです。正確にはゾフィー様の祖父、オットー・シュミット氏の血縁を狙ってのことです」
「オットー・シュミット? 誰ですか?」
「あなたのスーツを作った方ですよ。デゼラスというあだ名が有名です」
エリザベスの言葉にカレンははっとなった。デゼラスはカレンがブラッククノイチとして活躍するための装備を制作してくれた人だ。彼もセブンスペシャルズの一人だったのか。カレンだけでなく、他のクノイチたちの装備を作り、蒐集家たちの武器も作っている。アメリカを癒す役割を果たしていると言えた。
しかしピエレッタもセブンスペシャルズのために運命を狂わされたのか。カレンはハナを見る。彼女は口をつぐんでいるが、顔を軽く縦に振った。すべてを知っていてピエレッタを自分の陣営に引きずり込んだのだ。
「あんたのろくでもない親戚の不始末を暴露して、気持ちよくなりたかったのか? それなら俺なんか必要ないだろう。練習をしていた方がましだったな」
「あら、私と一緒にいるのはつまらないの?」
「そんなことは言っていない。なんのために俺たちを集めたのか、それを聞かせてもらうぜ。飛行機代はあんた持ちとはいえ、精神的疲労を配慮してもらいたいな」
セラの言葉を無視して、トッドは嫌味を並べた。確かにカレンへ謝罪をするならエリザベス一人で十分だ。なぜ他の面々を呼び、カレンに告白するのかわからない。
「……バーベラでは私に対して不満を抱いている派閥があります。人種差別を至上とする最低な人間がね。アメリカを白人だけの国にして、有色人種をすべて皆殺しにしたいと願っているのですよ」
「あ~、今でもそんな人はいますね。親族にそんな人がいると悲惨ですね。私は面倒なことは好きですよ」
カレンがのんきに言うと、エリザベスの顔が曇る。
「それは私の母なのです。メアリー・バーベラ。完全なる世界を夢見る狂人ですわ」
今回で一旦終了します。続きを読みたいと思った人は、どしどし感想をください。




