外伝その4 きょうふのしんりゃくしゃ
一六歳の頃、ニューヨークでゾフィー・シュミットは両親を失った。タイムズスクエアに三人でいた時だ。タイムズスクエアは「世界の交差点」とも呼ばれており、ニューヨーク観光で外せない定番スポットだ。常に多くの観光客で賑わい、数十ものLEDディスプレイに映し出されるネオンは、昼夜を問わずニューヨークらしい光景を作り出している。ブロードウェイミュージカルの劇場や有名レストラン、ショッピングモールも集まっていて、一日中楽しめる。特に年末のカウントダウンイベントは世界的に有名だ。
両親と一緒に歩いていると、銃声が響いた。後ろを振り返ると、母が凶弾に倒れ、父親も撃たれた。撃ったのは野蛮人のように舌をだらしなくたらしてよだれをたらしてる男だった。
その男は両親を撃った後、うほうほとゴリラのように胸を叩いていた。警官が駆け付け、男を警棒で頭を殴り、手錠をかけた。
その日のうちにゾフィーは両親を失った。
普通なら世間知らずの彼女は会ったこともない親戚が押し掛け、彼女の財産を根こそぎ奪い、孤児の彼女を奴隷にする所だが、そうはいかなかった。父親は彼女に日頃から自分がいなくなった時の対処法を学ばせていた。両親が亡くなった後、父親から言われていた弁護士に連絡し、すべてをまかせた。
親戚を自称する輩はことごとく追い払い、銃口を向けた者はゾフィーが返り討ちにしたのだ。
その後、彼女は可哀そうな子供として扱われていた。弁護士夫婦は彼女をいたわったが、第三者たちは両親を殺されて不憫な彼女を同情することで、自分は最高な人減を演出するのに夢中であった。
ネット辞典ではゾフィーの両親のプロフィールが無断で掲載されており、幸せな人生から不幸な結末を迎えたことを念密に書かれていた。娘のことは無関心であった。生きている人間にはまったく興味がない感じだった。
「パパとママは平凡な人間だった。なのに悲劇的な最期を迎えて、ネットの主役になった」
ゾフィーはスマホを見ながらそう思った。もし有名人ならどうなっていたか。彼女の好奇心は風船のようにむくむくと膨らんでいく。
彼女は大学に進学し、勉強に励んだ。彼女は真水を真綿で吸収する如く、知識を蓄えていった。二年も過ぎれば、大学の図書館の本を全部読みほした。周囲はネットがあるのに本を読むのは無駄だと馬鹿にしたが、彼女は人間図書館と化した。大抵の知りたいことはすべて質問すれば答えられる。
さらに彼女は身体能力の強化に勤しんだ。亡くなった父親は、ロサンゼルスのリトルトーキョーに住むケン・ミヨシから忍術を教えてもらったという。忍術は魔法ではなく、人生で困難に立ち向かうための術だと言った。だからこそ父親は小さなトラブルを解決できたのだ。会社でも上司や同僚とそつなく過ごしていたのも忍術のおかげだという。
ゾフィーは父親からすべてを学んでいた。見た目は地味だが、二〇歳にもなると彼女は超人になった。
ゾフィーはある研究に勤しんだ。それは電波技術を応用してミラクルたちを操ることだ。
ミラクルとはアメリカ合衆国ができた後に生まれた存在らしい。かつてのアメリカはイギリスやフランス、メキシコが植民地として大地から富を絞り出し、先住民族を虐殺していった。
その怨念がミラクルを生んだという。それを父親から聞いたことがあった。実際に彼女はミラクルと遭遇したことがある。見た目は普通の人間で、ゾンビ映画のようにのろまでも愚鈍でもなかった。
操ると言ったが、彼女は対話を試みた。すると彼らは狩られた恐怖を現住民に刻んでやりたいという願望があった。
そこで彼女にあることがひらめいた。合衆国で一番輝いている人間を公衆の面前で派手に殺害すること。そうすることでアメリカ人は絶望を感じる事だろう。アメリカンドリームの象徴が無残に命を散らせば、その夢が霧散すると思ったからだ。
まずゾフィーは標的を探した。第一候補はエリザベス・バーベラ。アングロ系の四〇歳でウィリアム・バーベラ・カンパニーの若き総帥であった。彼女はハリウッド女優顔負けの美貌とスタイルを持ち、一〇歳の息子がいた。テレビではバーベラチャンネルを、コミックではアダマスコミックを買収したりしていた。
彼女は日本の漫画とアニメが好きだった。だがハンナ・ゴールドバーク大統領は彼女を批判した。
「偉大なるアメリカの象徴であるバーベラランドがあるのに、あの女は日本のサブカルチャーに夢中になっている!! とんでもない裏切りだ、あの女がこの世にいる限り、アメリカの娯楽産業は暗闇の底だ!! 私はこの国から日本製品をすべて排除してやる!! そしてアメリカを偉大な国にするのだ!!」
大統領は有言実行し、日本のアニメはすべて放送中止に、漫画とゲームも発売禁止にさせたが、個人の輸入は止められず、ネットでは若者たちが大統領の文句ばかりを言っていた。
ゾフィーはまずSNSで情報を集めた。エリザベスはニューヨークにあるJAZZ CLUB IDiOMに立ち寄ることが多いという。有名なミュージシャンやアーティストもお忍びで訪れていると噂のジャズ・クラブだ。
ジャズ・シンガーを目指していたものの、声帯の酷使により思うように歌えなくなり、志半ばで夢を諦めたマスターがつくった個人経営店だ。
ステージ上で一際輝く真っ白なグランドピアノと、キラキラ輝くガラスビーズが散りばめられた重厚感のある大黒幕が特徴である。
ピアノの客席から見えない部分はこのステージに立った人たちのサインで埋め尽くされており、ここにサインすると5年以内に"売れる"というジンクスがあるとかないとか。
提供される料理は某有名店から引き抜いてきた凄腕のシェフが作っているらしく、美食家にも好評だ。
そこのスイーツも絶品だという。エリザベスはそれが好きらしい。
オープン直後限定で運が良いと聴けるマスターのピアノ演奏が一部の音楽愛好家の間で話題になっている。
後日、ゾフィーは店に立ち寄った。髪を下ろし、眼鏡をかけている。地味な服装にした。
エリザベスは高価でおしゃれな服装で、プリンを食べていた。それを見たゾフィーは絶望した。自分と格差があるわけではない。彼女には隙が無かった。一見無防備に見えるが、彼女は店内を見回し、警戒を怠っていなかった。普段はボディガードを連れているが、店の中には入らない。暗殺を狙うならここだがゾフィーはそう思わない。これは罠だ、馬鹿が引っかかるための見え透いた落とし穴だと考えた。
「エリザベス!! 恵まれない人間の気持ちを思い知れ!!」
不細工で太った女が店内に乱入し、拳銃を片手で構えた。素人なので標準が定まっていない。
エリザベスは慌てることなく、皿を手に取ると、女の顔に投げた。さらに備え付けのナイフを取り、女の右肩に投げて突き刺した。スイーツ店のナイフはふつう刺さらないが、まるで忍者のように突き刺さる。
女は床に転がり、芋虫のように転がって泣き叫んだ。外からボディガードたちが駆け付け、女を拘束した。エリザベスは出された紅茶を優雅に飲んでいた。女は警察に通報され、連行された。エリザベスに暴行を受けたと彼女を訴えたが、防犯カメラで一部始終を録画されており、逆に有罪にされた。それでも女は諦めずエリザベスを犯罪者として糾弾していた。彼女だけでなく全米でレイシストたちがエリザベスに訴訟を起こしているがすべて敗北だった。
ゾフィーは彼女を狙うのを諦めた。代わりにノーベル賞受賞者や賞を取った女優を狙った。計画の途中、派手に殺害するのではなく、身代わりにミラクルを差し出して殺害するように見せかけた。本物は両親の保険金を投資して増やした金で、孤島を買い、そこで軟禁することに決めたのだ。
死んだと見せかけて、実は生きていた。一見ハッピーエンドに見えるが、殺された相手は誰なのか、その謎はアメリカを蝕むだろう。警察や検察はミラクルの存在を知っているが、それを公表することはできない。
ゾフィーは有名人たちを次々と派手な方法で殺害した。ミラクルたちの協力もあり、犯行はすべてうまくいった。科学者は空からピアノを落として潰し、有名女優は事前に特殊な化粧品を渡し、あるガスと反応させてドロドロに溶かした。
本当はシンガーソングライターのセラ・ローレンを狙っていたが、彼女もまた油断のならない人間なので、断念せざるを得なかった。
マスコミは彼女をピエレッタと呼んでいた。実際はミラクルを操るネクロマンサーだが、徹底的に隠ぺいされていた。
ゾフィーが二二歳の頃、ニューヨークのスタジアムで、アニマル・ルーズが賞を取り、大々的に公表された。大月翔太やトッド・ステアーズも候補に挙がっていたが、アニマルが賞を取った。
ゾフィーは事前にミラクルたちが掘った落とし穴に、細工を施していた。アニマルが壇上に立てば穴に落下して、仕掛けた爆弾が爆発する手はずであった。
スタジアム中で観客が彼の無残な死を目撃する。最高の刺激だと思った。
さて式典は進んでいき、アニマルが壇上に立った。すると彼の体は落下し、次に爆発音が鳴り響いた。
観客や周囲の人間は呆然としていた。ゾフィーは彼の目の前でスマホをいじり、操作していたのだ。
彼女は標的を殺害した後、テレビジョンを乗っ取り、自分は遠い場所で操作していると宣言した。実際は犯行現場にいたのだ。犯罪者ならすぐその場を立ち去るだろうという心理を逆手に取り、犯行現場に留まる。誰も彼女を見つけ出すことはできなかった。
突如、ゾフィーは背中から捕まれ、地面に叩きつけられた。
「なっ、何を!!」
「こいつがピエレッタだ!! スマホを見ろ、それで捜査していたんだ!!」
それは七〇歳ほどの日系人だった。禿頭で筋骨隆々のアニマルと同じユニホームを着た男だった。
老人の力は万力のようで身動き一つとれない。なんで自分の犯行がばれたのか。それを見抜くのは父親の師匠しかいない。この老人はケン・ミヨシだと気づいた。
「お前がケン・ミヨシか!! なんでニューヨークにいる!!」
「偶然だ!! まさかお前さんと出会えるとはな!!」
ミヨシが叫ぶ。だが彼から火薬のにおいがした。この男は直前に爆発に立ち会っているのだ。アニマルもミラクルに入れ替えていたが、交換されていたのだ。
「ここで捕まってたまるか!! 面白くないだろ!!」
ゾフィーは一瞬で服を脱いだ。下着姿で群衆の頭を踏みつけ飛んでいく。彼女はとても身軽で警備員も彼女を撃つことができずにいた。
だがミヨシは懐から何かを投げた。それは分銅だ。ゾフィーの両足に絡みつくと、彼女は地に落ちた烏のように転がった。
警備員たちが彼女に群がり、拘束した。ゾフィーはすぐに諦めた。見苦しい真似はしたくないのだ。
こうして全米を騒がせたピエレッタは日系人によって逮捕された。彼女はニューアルカトラズ刑務所に収容される。同行したのはアマゾネスことサニー・チョイと、ビーストテイマーことオルガ・イヴァンだった。
サニーは韓国系ギャングを一方的に弓矢で殺害し、オルガはフェロモンを使って動物愛護団体の代表者を殺害していた。
ゾフィーは二人を見下していた。ただひたすら感情の赴くまま殺人を行う彼女らを軽蔑していた。それは他の二人も同じ気持ちだった。サニーはゾフィーを狂人と思っているし、オルガは自分で手を下さない人間と思っている。
オルガは動物愛護団体を殺害する自分に酔いしれており、ゾフィーとサニーをただの殺人犯と思っていた。
ゾフィーは刑務所の中で静かに瞑想していた。一度失敗した以上、もう同じことはやりたくない。入れ替えた人間たちは数か月後にマスコミに公表する手はずになっている。アメリカは混乱に陥るだろう。
だが彼女に休む暇はなかった。ハンナ・ゴールドバークはニューアルカトラズ刑務所にやってきて、ゾフィーたちを連れ去ったのだから。
最初、ピエレッタは有名人を殺害するバットマンのジョーカーみたいな敵でした。
でもクリスチャンを絡ませるために、ミラクルを操る研究をしていたことにしました。さらに外伝で殺していたと思っていたけど、実際は変装したミラクルたちで本人たちは生きていたことにしました。
作者も予測できなかったから、読者も想像できなかったと思います。




