外伝その3 ニューヨークからのししゃ
ここはニューヨークのクイーンズにあるハワードビーチだ。北はベルト・パークウェイとオゾンパークのコンジット・アベニューに接し、南はブロード・チャネルのジャマイカ湾、東はサウスオゾンパークの102丁目から104丁目、西はブルックリンのイーストニューヨークの75丁目に囲まれている。海沿いの地域で、運河やマリーナが特徴的だ。
ここにシチリア系のマフィア、エスポジト一家がいる。昔と違ってマフィアの影響力は法執行機関の取り締まりで、大幅に弱まっている。伝統的なギャング居住区は薄れていた。
コーザノストラは現在も健在だが、組織の高齢化が進み、新規加入も少なく目立たない陰のビジネスに従事していた。オンライン賭博や高利貸し、建設や廃棄物処理、運送業などの労働組合や企業への影響力を利用した詐欺や恐喝、資金洗浄がある。
麻薬取引はかつてほどではなく、他の犯罪グループ、特にラテンアメリカ系にシェアととられていた。
居間で男たちが数人テレビを見ていた。黒いスーツを着た50歳ほどの平凡な顔つきの50歳ほどの男がボスだ。名前はジュゼッペ・エスポジトで、6年前に父親の急死から跡を継いだのである。
世間では居合の達人ナイトシェードに殺害されたとされているが、実際はショック死であった。
ナイトシェードが父親、サルヴァーレの寝室に侵入したことはあるが、傷ひとつつけずに立ち去った。さらにその日のうちに敵対する組織のボスがナイトシェードに斬り殺されている。実際は二人ともショック死らしいが、部下たちが切られたことにしたのだ。そうでないと格好がつかないからである。エスポジト一家はそれらの縄張りを奪うことに成功したのだ。
『6年前、ギャングのボスが三人殺されましたが、どう思いますか』
『どうも思わない。社会のゴミが消えて清々したね。もっとも末端の連中は今もしがみついているから、なんとかしてもらいたい』
『その通りです。若者は映画やドラマのような格好いいギャングをイメージしますが、実際は社会の落後者です。司法当局は休みを返上して掃除してもらわないと。高い税金を払っているのだから怠けるべきではないです』
『むしろエリザベス・バーベラを見習ってほしいですね。彼女は若きウィリアム・バーベラ・カンパニーの総帥で、移民や難民の保護にも力を入れています。高貴な者の義務ですね』
『そのくせ大統領はエリザベス氏を敵視しています。彼女が日本のアニメを見ただけで売国奴呼ばわりし、支援を金をどぶに捨てる行為と吐き捨てています。どちらが人間のクズか一目瞭然ですね』
テレビの女性司会者が専門家の中年男性に質問をぶつけ、それに対して司法当局を痛烈に批判していた。途中で別の話題に移ったが、ジュゼッペは苦虫を潰した顔になる。
「まったく腹立たしいな。俺たちをごん《ごみ》呼ばわりするとは」
「じゃっどん本当だよな。ムカと比べて俺たちは非力だよ。」
「まったくだな」
男たちはテレビを見ながらタバコを吸い、酒を飲んでいた。昼間だがろくに仕事をしていない。現在はネットでの活動が主だからだ。
廊下ではメイドが一人モップで拭き掃除をしていた。ザラ・エスポジトといい、6年前から働いている。ギャングの家で働きたがる人間は少ないので重宝していた。茶髪で目が鋭くポニーテールにしていた。袖が短くスカートも短い今風のデザインだ。ジュゼッペの趣味である。
本人はシチリア系3世で、祖父母が移民として来たらしい。エスポジトは捨て子や養子に出されたものがつけた性で、外に置かれたというラテン語が語源らしい。
当時は母親と一緒だったが、1年前に病死している。当初は病気になったので仕事を辞める予定だったが、ジュゼッペが止めて医者を手配したのだ。その甲斐なく母親は亡くなったが、葬儀を出した。
娘は新しく入った使用人に仕事を教えつつ、日々を過ごしていた。
「あいは働き者だな。親父が死んだときに来たよな」
「親父はぼけちょったよ。ロサンゼルスの兄弟分に鉄砲玉を送っなんちな」
部下のつぶやきにジュゼッペは当時の事を思い出す。父親のサルヴァーレは古い人間で、過去の栄光を忘れられない男だった。80近い年齢で、ジュゼッペは一人息子だった。実際は正妻と愛人の間に10人の兄がいたが、全員抗争で死亡しており、一番下の彼だけ生き残ったのだ。
ロサンゼルスにはピランデルロ一家がおり、フランクがボスだった。彼は若い頃、エスポジト一家に身を寄せていたが、ロサンゼルスに移住したのだ。するとエスポジト一家は落ちぶれていった。司法当局が締め付けてきたのだ。時代の流れだったがサルヴァーレはそれを認めず、フランクが裏切ったから組織が弱まったと被害妄想をこじらせたのである。
そして敵対勢力をそそのかし、フランクの息子と妻を殺害させたのだ。その結果をサルヴァーレは大はしゃぎしていたが、ジュゼッペは真っ蒼になったを思い出す。時代はアル・カポネが活躍したアンタッチャブルとは違うのだ。
その後、サルヴァーレは時代錯誤にも自分に逆らう者を皆殺しにしろ、司法当局など家族を殺せばすぐ解決だと無邪気に笑いながら命じた時は、肝が冷えた。痴ほうがひどくなったと思った。
「まったく親父はどうかしちょっ。そん後親父がショック死したのはよかったな。もし放置しちょったらうちが潰されちょったよ」
ナイトシェードが屋敷に忍び込み、サルヴァーレをショック死に追い込んだ。
本来なら家族を殺した仇を討つべきだったが、ショック死を言いことに病死扱いにした。家族を愛するシチリアーノだが、サルヴァーレの復讐など誰もしたくなかった。ひと昔なら死に関わったものを草の根分けても殺さずにはいられなかったが、時代は変わってしまった。
ジュゼッペたちが談笑している間も、ザラは掃除を続けていた。
「あいは度胸があるな。普通ならここをすぐやむっのに、もう6年も働れちょっ」
「そいに新入りもあいの教育のおかげで、やめなくなったからな」
「あと一週間でやむっ予定だが、引継ぎがうまくいっているし、金を多めに払ってもいいな」
ジュゼッペたちは笑っていた。彼らはギャングだがプライベートの時は普通の人間と変わらない。あの後、他のギャングのボスが二人ナイトシェードに殺されてしまい、縄張り争いに勝利して今に至る。
ザラはちらっと見るが、すぐに掃除に戻った。彼らはザラがナイトシェードであることを知らない。
殺人犯がまさか自分の元に働きに来るなど、想像などできるわけがなかった。
テレビではハンナ・ゴールドバーク大統領が演説をしていた。アメリカはセブンスペシャルズという七人の人間に支配されている。現在の組織はそいつらの手先だ、私はそれを潰さねばならぬと説いていた。
その後、司会者が大統領はいかれていると痛烈に批判した。
☆
ザラはロッキースケートパークに来ていた。サングラスをかけ、黒いコートを着ている。傍には細長い棒が置いてあった。
ニューヨーク・ハドソン川沿いにあり、小規模だが歴史は古い。
最近になり白・黒のストライプ装飾がパーク内中に張り巡らされるようになった。
ストライプの装飾が視界を妨げたりして危険だという声もあがる一方で好き好んで遊びにくるプレイヤーもいる。
パーク内に野内設置のステージがあるハウスもある。しかしコレは会員制で尚且つ上級者じゃないと入れないらしい。
彼女はベンチに座っており、ハンバーガーを食べていた。そこに禿頭の男が左側に座った。70歳だが筋肉隆々で40歳ほど若く見える。黒いランニングシャツとジーパンを履いており、日系人には見えなかった。紙袋を持っている。
「よお、元気にしているようだな。ザラ」
「先生、こけおられたのですね」
「ああ、最近のアメリカは病んでいる。私の忍術で癒しているところだ」
彼の名前はケン・ミヨシといい、ザラの師匠である。彼はロサンゼルスのリトルトーキョーでスキヤキドージョーを開いていた。そこで人種を問わず忍術を教えている。忍術は魔法や超能力ではない。世渡りの方法を教えていた。人の表情を読むことで、余計なトラブルを回避したり、または叩きのめすことができた。ザラは幼少時に父親のフランクとともに忍術を習っていた。異母兄弟とは関わらず、スキヤキドージョーのみ交流していた。正妻はザラたちを嫌っており、愛人でも一緒に住むことはなかった。
そのおかげかザラと母親は抗争に巻き込まれずに済んだが、フランクは息子と妻を失い廃人になった。ピサンテルロ一家はフランクの弟が継いだが、落ちぶれる一方だという。
ザラは犯人がニューヨークのエスポジト一家の仕業とわかった。浮浪者たちから情報を聞き出したのである。ザラは腑抜けた父親を捨てて、母親とともにニューヨークに移住した。
その後、情報収集してボスのサルヴァーレが命じたこと、彼は一家から嫌われていることを知った。そして敵対勢力を2つほどあたりをつけ、ボスをその日のうちに三人とも殺害した。
エスポジト一家はボスを失った一家を潰し、縄張りを広げることができた。おかげで現在に比べて大規模のグループを組めた。
「フランクはホームレスになったが、今はエンペラーと呼ばれているよ。人の上に立つ男は落ちぶれても変わらないのだな」
「えらいこっが大事じゃっとな? そげなものに振り回されるのはごめとです」
「だが血に逆らえまい。故郷は知らなくてもお前の体には復讐を望まねば気が済まないだろう」
ケンの問いにザラは首を縦に振って肯定した。血の繋がらない母と兄の復讐ではなく、父を腑抜けにした相手に復讐をしなくては気が済まなかった。
「先生は今どっちにお住まいで?」
「イーサンという若者の家を借りているよ。彼は気持ちのいい若者だ。カレンの婿にしたいくらいだよ」
「今カレンちゃんは無茶ねことをしていますね。今流行りのブラッククノイチは彼女じゃんそ」
それを聞いてケンは頭を抱えた。彼はロサンゼルスに残した孫娘のカレンを思い出す。彼女は引っ込み思案だが、裏を回ればブラッククノイチとして不法移民やギャングを相手に立ち回りをしていた。
彼女が無茶な行動を起こすのは、幼少時に愛する両親を交通事故で失ったためだ。彼女は凡人で天才ではない。勉強にしろスポーツにしろできないことをそのままにしないだけだ。教育AIや顔認識システムで業界を賑わすオーディン社の裏の社長であることも知っていた。
なぜケンは強引に止めないのか。それは彼自身もやんちゃをするからだ。ニューヨークではアメリカ史上最悪の犯罪者ピエレッタをはじめ、アマゾネスやビーストテイマー、コマンダーの逮捕に協力していた。彼はそれらの手柄をニューヨーク市警に譲ってしまったのだ。もっともピエレッタの件は目撃者が多く、SNSでは彼の噂でもちきりであった。
「あの子は自覚のない自殺願望の持ち主だ。幸い私の弟子たちがあの子を気遣ってくれる。それはありがたいことだ」
「彼女は無理やり止むっのは下策です。むしろ放置して補助したほうがいいじゃんそ」
ザラの助言にケンは無言でうなづいた。カレンは決して弱くない。むしろしぶとく強い。諦めることを知らないのだ。
「私やこいかあロサンゼルスに用《(ゆし)があいもす。もし彼女と出会たなら少し懲らしめてあげもんそ」
「? それはありがたいが、何の用があるのだ? お前はもうフランクのいる地には戻らないと思ったが」
「……頼みごとをされましてね」
ザラは節目がちに答えた。ケンはすぐに察した。彼女は道場では目上の人に敬意を払う。道場にはアメリが合衆国大統領であるハンナ・ゴールドバークや、ロサンゼルス市長のオリヴィア・ジョーンズ、セントラル中央分署の署長ラトヤ・ブラウンなどがいた。
その中で圧倒的に強いのがハンナであった。そして彼女はニューヨークにも来ている。
「今、彼女はアメリカを壊そうとしている。それを再生させる人材も育てている。敵は多い、君みたいな理解者がいれば安心だな」
「あの人は強えですよ。実力もじき、人を使こんもうんめです。こないだも演説中に暗殺者をあぶりだしてもしたから」
「そうだな。あの子は世間では暗愚扱いされている。それも自分で理解して行動しているからな。強い人だよ」
ザラの言葉にケンが空を見ながらつぶやいた。
「ミヨシ先生!!」
そこに一人の若者が叫んでいた。20代ほどの白人だ。男性だがハスキーボイスで女性声優が演じているように思えた。
「彼がイーサンだよ。イーサン、彼女は私の弟子だ」
「ザラ・エスポジトです。よろしくお願いいたしもす」
ザラは立ち上がりイーサンに頭を下げた。イーサンは軽く挨拶する。
その後、ザラは特別なルートでロサンゼルスに向かった。だが数日後イーサンの母親が何者かに背中を斬られた事件が起きる。犯人はナイトシェードと思われたが、イーサンは彼女がナイトシェードとは気づかなかった。彼にとって母親が最高の女性のため、ザラは眼中になかったのだ。
ザラの過去の話です。鹿児島弁は辞典ツールで翻訳しました。
イーサンがザラと会っていたのに気づかなかったのは、イーサンが母親以外の女性に興味がないからで済むよね。




