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第2話 変人女だったとはね

 リトルトーキョー内にあるスキヤキドージョー。和風で木造建ての道場だ。住まいは別にあり、カレン・ミヨシと祖父のケンはそこに住んでいた。

 畳張りの道場には数人の女性たちが空手の道着を着て待機していた。アジア系だけでなく、白人や黒人と幅広い。これはケンが若い頃、ロサンゼルスで活躍していたことがあった。得意の空手で犯罪者たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げと五臓六腑の大活躍だったそうだ。もっとも現在では自警団の真似事は禁止されており、ブラッククノイチの行為は犯罪者と同じ目で見られていた。

 その祖父は自身の腕を売り込むため、アメリカ各地を旅し、道場を建てていた。


 今日は孫娘のカレンが師範を務める。周りはカレンより背丈が高く、威圧的であった。それでもこの道場ではカレンが一番の実力者であった。


「では師範代、稽古をお願いします」


 前に出てきたのは黒人女性だ。身長は180センチでカレンが子供に見えた。髪は後ろにまとめており、身体はビア樽のように太く、分厚い。ゴリラが歩いているように見えた。

 ラトヤ・ブラウン。ロサンゼルスのセントラル地区分署の上級警部だ。アメリカでは上級警部、もしくは最上級警部が地区署のトップだ。黒人女性だがすでにニューヨークやシアトルなど前例がある。


「ではまいります」


 カレンは眼鏡をはずしていた。そもそも彼女は近視ではない、伊達眼鏡だ。自分が根暗なオタクであることをアピールするためである。普段はどんよりと暗い目つきも、稽古の時だけはきりっとしていた。

 まずカレンはラトヤの左足を蹴った。左ひざを正確に狙ったのだ。体に痛みが走る。

 

 だがラトヤは顔をしかめただけで、正拳突きを繰り出す。カレンは紙一重で交わしていた。ラトヤは趣味でボクシングをたしなんでおり、ローカル大会で優勝したこともある。なので彼女の拳は早い。酔っ払いが拳銃を突き出す前に左ジャブで顔を潰されたほうが早かった。

 

 背後にいる門下生たちも驚いていた。カレンの実力を知っていても、毎回新鮮な驚きがあった。

 やがてカレンは右足を鞭のように、ラトヤの右腕を蹴り上げた。その瞬間ビア樽のような体が揺らぎ、すかさずカレンは足払いをして、ラトヤを転ばせた。前のめりに倒れた。

 そして彼女の後頭部を踏みつけた。カレンはそのまま動かない。やがてラトヤはまいったと畳をタップした。

 ラトヤはあおむけになったが、カレンはラトヤの視線を外さなかった。残心ざんしんといい、倒れた相手でも決して油断させず、気を張っていた。

 

「さすがは師範代だ。あなたほどの実力者はいない」

「ラトヤさんも強いですよ。さすがです」

「犯罪者は丸腰でも相手は構わず銃を向けるからな」


 ラトヤは豪快に笑った。背後の門下生たちも笑っていた。彼女らはばらばらに稽古を始めている。日本なら黒帯や白帯に関わらず同じ稽古をするが、個人主義のアメリカでは合わないので自由にさせている。

 もちろんカレンは個別指導を熱心にしていた。相手の癖を修正したり、相手と手合わせを指導したりしている。

 やがて数時間たつと稽古が終わった。全員シャワールームで汗を流しに行ったが、道場にはカレンとラトヤが残った。


「ところでカレン、最近ブラッククノイチなる狂人を知っているかな」

「学校では噂されてますよ。悪い方にね」

「犯罪者が痛めつけられて称えられるのは漫画の中だけだ。あの女は自己顕示欲の強い、露出趣味の犯罪者だ。出会ったらすぐに通報するようにね」

「最近はコマンダーという犯罪者が逮捕されたばかりですからね」

「ブラッククノイチはあいつらと同じだ。狂人だが知能が高いと見える。そういうのが厄介だ。くれぐれも相手になるんじゃないぞ」


 ラトヤがカレンに注意した。ブラッククノイチが自分と知ったらどう思うだろうか。テレビの取材でもラトヤはブラッククノイチを批判し、常日頃警官たちに発破をかける毎日だという。

 カレンは相手に悟られないよう、相槌を打った。


「そうだ、最近娘のアーミアが研究で忙しいそうで、ここに来れないことを嘆いていたよ。もっとも自己鍛錬は欠かせていないらしいけどね」

「うちの教えは心構えを重視しています。それを忘れないでいればよいのです」


 カレンとラトヤは雑談をしながら過ごした。


 ☆


 その晩、ダウンタウン地区の商業地では強盗が発生していた。ヒスパニック系の不法移民の少年たちが盗んだ拳銃で雑貨店に入り、金を脅し取って逃げたのだ。

 彼らは無差別に拳銃を発砲し、通行人に複数のけが人が出た。

 少年たちはビルの隙間をたくみに潜り抜け、とある一角に逃げ込んだ。周りはごみが捨てられており、世間から隔離された闇の部分のようであった。


 少年たちは奪った金を分け合っていた。彼らは英語ができないし、読み書きもできない。それでもメキシコで暮らすよりはましだと、アメリカに逃げてきたのである。普通の移民は英語を習うものだが、彼らは楽して金を稼ぐことしか考えていなかった。

 おかげで真面目な移民が迷惑している。彼らは自己中心的で他人の評価など一切気にしていないのだ。


「お待ちなさい!!」


 突如声をかけられて少年たちは驚いた。きょろきょろと見回すが、声は頭上から聞こえてきた。上を見るとビルの屋上に何かが見えた。

 そこには黒い影が立っていた。おかっぱ頭に口元は黒い覆面をつけていた。体を強調する黒いレオタードに小手と脛当てのみという異質な姿であった。


「私はブラッククノイチ!! この世はレボリューションを求めている!!」


 彼女の目は鋭く、猛禽類のようだ。前口上を述べた後、彼女はビルの屋上から飛び降りる。そして少年たちに殴りかかった。相手の顎を正確に打ち抜き気絶させる。

 複数に囲まれているが、背後から襲えば、彼女の後ろ蹴りが腹部に突き刺さり、悶絶して倒れた。

 少年たちは言葉が通じないので、ブラッククノイチが何をしゃべっているかわからない。それでも自分たちに対して理不尽な暴力をふるう彼女に怒りを沸き上がらせていた。盗人猛々しいとはこのことだが、彼らにそんな知恵は回らない。


その内薄汚れたジャンバーを着た小太りの少年が、ナイフを取り出した。背後をむき出しにして形の良いでん部を晒している。その背後に狂犬のように叫ぶと、彼女の背中にナイフを突き刺した。

 ぶすりと肉を刺す感触が伝わった、はずであった。だがブラッククノイチは平然としていた。彼女はちらりと後ろを振り返っただけだ。


 彼女は小太りの少年を蹴り上げた。少年はサッカーボールのように飛んでいき、ゴミの山に墜落した。

 ブラッククノイチはふんと力むと、ナイフがすぽっと抜けていく。もちろん刃には血が一滴もついていない。彼女の全身タイツは特殊な素材でできており、ナイフ如きで刺さることはないのだ。

 それを見た少年たちは発狂した。目の前の女は人間ではない、魔界から来た悪魔だ。少年たちは泡を喰って逃げ出した。入れ替わりに数十人の薄汚れたホームレスたちがやってきた。どれも目が血走っていた。


「いたぞ!! 異常者だ!!」「こいつがいるから俺たちは白い目で見られるんだ!!」「消えろ!! すぐ自殺しろ!!」「白い奴も仲間なんだろ!!」


 ホームレスたちは石や空き瓶を手にしては、ブラッククノイチに投げつけた。それらは彼女の頭や体に当たるが、彼女は何も言わなかった。強盗を働いた少年たちを無視していた。彼らにとって不法移民の強盗でも可哀そうな被害者なのだ。

 ブラッククノイチは背中を向けて逃げ出した。ホームレスたちは怒りのまま彼女を追いかけた。

 ビルの隙間を巧みにくぐるも、この辺りはホームレスたちの根城だ。別の仲間と合流して彼女を追い詰めていく。

 そして彼女は光ある方へ逃げ出した。ホームレスたちは鉄パイプや角材を手にして襲い掛かろうとした。ビルの隙間から抜け出すと、そこは光にあふれた商業地であった。町のネオンと車のヘッドライトが絶えず輝き続けていた。

 そこに一台のパトカーが止まっていた。警官が一人外に出て腕を組んで立っていた。イラン系アメリカ人で40は超えているだろう。


「おいアンタ!! 今黒い女を見なかったか!!」

「見たよ。コンテナトレーナーに飛び移っていったな」


 警官がそういうとホームレスたちは残念がった。せっかく変質者を甚振れる機会を失ったからだ。彼らはやる気をなくし、再び社会の闇の中へと帰っていった。

 その内20代の白人の警官が紙コップと紙袋を持ってきた。


「ホスローさん、コーヒー買ってきました。なんかあったんですか?」

「噂の変態女を追って、ホームレスどもが騒いでやがった」

「へえブラッククノイチが現れたんですか? ボクも見たかったな~。どんな姿してましたか?」

「全身黒タイツの痴女だよ。娘には見せたくないな」

「そうなんすか。SNSじゃちっとも写真が出回らないし、羨ましいなぁ」


 若い警官は冗談交じりに答えた。確かにブラッククノイチは所轄の警察署長が口を酸っぱくして、逮捕しろと命令していた。だが彼、オリバー・スミスにとってどうでもいいことだった。その女を逮捕しても出世できないし、署長のヒステリーに付き合ってられないからだ。


 二人はパトカーに乗った。ロサンゼルスでは二人一組で巡回パトロールをするのが業務だ。オリバーが運転してホスローが隣に座っていた。ホスローはコーヒーを飲む。紙袋の中には野菜と卵のサンドイッチが入っていた。


「おい、ちゃんとハラールフードの店で買ったんだろうな?」


 ハラールとはイスラム教で禁じられた食べ物のことを指す。特に豚肉とアルコールは禁じられており、豚のエキスや調味料でもアルコールが入っていればアウトだ。逆にすべての野菜と卵などは認められている。ロサンゼルスは人種のるつぼであり、イスラム教徒のためのハラールフードの店もあった。


「もちろんです。そういえばホスローさんはもうじきお子さんの誕生日でしたよね?」

「ああ、今日がそうだ。家ではパートナーがごちそうを作って待っているだろうな」

「じゃあ、パトロールが終わったらそのまま帰宅してください」


 オリバーの気づかいにホスローは笑った。そして胸ポケットから写真を取り出す。そこにはホスローの他にイラン系の男性と三歳ほどの女の子がにっこり笑って写っていた。彼はアミール・ホスローといい、アメリカの二世だ。イスラム教徒だがゲイであり、同性結婚して、代理出産の子を引き取っていた。


 やがてパトカーは商業地から離れた場所に移動した。ホスローはオリバーにトランクに忘れ物したと言って、止めさせた。パトカーが止まると、ホスローはトランクを開ける。周りには人がおらず、防犯カメラもなかった。トランクにはブラッククノイチがいた。彼女はまるでヤモリのように地面を這って消えていった。


 それを見てもホスローは驚かない。なぜなら彼女をかくまったのが彼だからだ。

 彼女の付き合いは4年にもなる。実際に会ったのは今日が初めてだ。ホスローに代理出産の費用を立て替えるという取引を持ちだされたのだ。アメリカのカルフォルニア州では代理出産は認められているが、費用は10万ドル、日本円で1500万ほどかかる。ホスローの安月給ではとてもかなわない。

 

「ミスターX……。まさか変人女だったとはね」


 ホスローは闇に消えたブラッククノイチを見てつぶやいた。

 署内には病気の母を入院させたり、息子を有名大学に進学させた警官が多い。恐らくはミスターエックスの援助のおかげだろう。スマホが鳴る。

 確認するとメールを受信していた。ボーナス1000ドルと記されており、口座にも1000ドル振り込まれていた。


 ホスローの言う、ミスターXとは何者か。


 突如無線が入った。別のところで白い全身タイツの女が不法移民を相手に暴れているとのことだ。

 ホスローは相棒に命じてパトカーを走らせる。白い女の事は聞いていないが、ブラッククノイチの仲間なのかと、考えていた。

 アメリカに限定するならイスラム教徒にもゲイはいます。ただし若い世代か二世くらいだそうです。

 同性結婚でも代理出産で子供を引き取ることは可能ですが、アメリカだと費用が高いそうです。さらにカルフォルニア州は認めていますが、認めていない州もあります。


 アミール・ホスローはロサンゼルスによくある名前と名字を組み合わせました。

 オリバー・スミスも同じです。

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― 新着の感想 ―
「私はブラッククノイチ!! この世はレボリューションを求めている!!」 これ、もしかしたら僕の流行語大賞が獲れるかもしれない(笑) どうも。アメリカになろう主催者のいでっちです。 いやぁ~すごく…
良い意味で独特のテイストの作品ですね。 コメディとシリアスが絶妙の配分で調合されており、 ふざけた雰囲気の中にも時折混じるシリアスさが絶妙です。
早くもライバル登場か。
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