第17話 どうせこの世は変わらない
『私はアメリカを癒します!! 前大統領はアメリカを救うといいながら、国をめちゃくちゃにした!! 私は副大統領としてその責任を果たします!!』
テレビでは黒人女性が演説していた。サラ・コーエン副大統領である。父親がアフリカ系で、母親はイングランド系なので普通の黒人とは違っていた。ショートヘアに黒いスーツを着ている。
『私はハンナ・ゴールドバークの負の遺産を一掃します!! まずは彼女に首にされたマーガレット・ヴァンダーベルト氏とニコール・ウェイク氏を採用します!! 他にもゴールドバークのせいで人生を奪われた方々を救います!!』
ここはアフタヌーンティーという店だ。ロサンゼルスのダウンタウン地区にあるアメリカン・ダイナーをコンセプトにしたアフタヌーンティーを提供するカフェバーである。
昼間は甘いケーキと紅茶が楽しめるアフタヌーンティーを提供するカフェだが夜はバーになる。カフェのときはもちろん、バーのときも美味しいケーキを提供してくれる。
お酒も甘い物が多い。甘党は絶対にハマる場所だ。
マスターは、甘い物が大好きな元有名パティシエという話である。
優しく穏やかにどんな話も紳士に聴いてくれるため男女共に大人気だ。
可愛くてどこかかっこよさもある人気店である。
店内には4人の客がカウンター席に座っていた。マスターは調理で奥に引っ込んでいる。
一人は茶髪のおかっぱ頭で17歳の日系人の女性だ。赤いジャージを着ている。カレン・ミヨシだ。オ
レンジジュースを飲んでいる。
もう一人は彼女より背丈が高く、岩のようにどっしりとした女性がパンケーキを食べていた。髪は黒く、色眼鏡をかけている。年齢は60ほどだがそうは見えない。こちらは黄色いジャージを着ていた。
他には茶髪でポニーテールの女性が座っている。こちらは緑色のジャージを着ており、日本の武士のような顔つきであった。こちらはトーストとハムエッグにサラダを食べている。
最後に銀髪でツインテールの女性が座っていた。20歳前半だが子供っぽく見える。こちらは紫のジャージを着ていた。こちらはショートケーキを食べている。
全員朝のジョギング帰りのようで朝食を取っているようだ。
『まずは前大統領を倒したブラッククノイチに感謝したい!! 彼女とその仲間たちがアメリカの破壊者を討伐したのだ!! 私は彼女たちに勲章を授与させたいのだが、ぜひホワイトハウスに赴いていただきたい!!』
「ふむ、サラは元気そうで何よりだ」
「全部あなたの差し金でしょう。ハンナさん」
「今の私はハナ・カナヤマだ。間違えては困る」
ジュースを飲むカレンに、ハナはパンケーキを食べながら注意した。彼女はハンナ・ゴールドバーク。世間ではブラッククノイチと戦い、死亡したはずになっている。
「きゃはははは!! まさか大統領が生きているなんて夢にも思わないでしょうね!!」
「声が大きいでごわす。壁に耳あり障子に目ありでごわすよ」
「ここのマスターは客のプライバシーに興味ないもんね!」
ツインテールはピエレッタことゾフィー・シュミット。ポニーテールの女性はザラこと、マリア・エスポジトだ。二人とも犯罪者だが堂々とダウンタウン地区を闊歩していた。もっとも有名な犯罪者が顔を隠さず堂々とするなどありえない。二人とも長年ここに住んでいるようにふるまっており、住民たちは他人の空似と思って気にも留めなかった。
そうハンナ・ゴールドバークは死んでいなかった。彼女が操縦したゴールデンナイトには誰も乗っていなかった。遠隔操作であった。
最初から負けるつもりだったのだ。本来彼女はサラと対立して大統領の座を降りるつもりだった。それがロサンゼルスで忍術の師匠の孫娘であるカレンがブラッククノイチと活躍していることを知り、これに乗っかった。
全米で有名な犯罪者をロサンゼルスに呼び寄せたのは、カレンの敵を作るためであった。ロサンゼルス市長のオリヴィア・ジョーンズと、セントラル中央分署署長のラトヤ・ブラウンはカレンの奇行を知り、ブラッククノイチを犯罪者呼ばわりして陥れようとしていた。カレンがヒロインとして酔わないためである。マゾヒストであるカレンは罵倒されると喜ぶのだが、酔っている最中は馬鹿なことをしないだろうとの判断だ。
「前大統領は演説の途中よく踊っていたけど、あれってSPに暗殺者を捕縛するためでしょ?」
「おいどんも見ていたでごわす。演説中はミヨシ流の暗号で、何某に武器を持っている奴がいると指示していたでごわすな」
「そんでもって演奏している最中にSPが捕まえるから面白いよね」
カレンたちの言葉にハナはうんうんと頷いていた。彼女は敵が多い。馬鹿な犯罪者が暗殺を目論むなど日常茶飯事だ。それ故に大統領は演説の最中に踊ることにした。マジックショーでアシスタントにバニーガールをつけるのは、観客がバニーに目を向けている最中に、マジシャンが仕掛けをするためである。
「もうじき、ウィリアム・バーベラ・カンパニーは日本の634堂に買収されるよ。バーベラの子会社であるアダマスコミックは日本の巌流書店が買収した。日本で修行を終えた漫画家たちは一年後に活躍するよ」
ハナがパンケーキを食べ終えると、紅茶を飲んだ。それを聞いたカレンたちはノーリアクションだ。
634堂は日本のゲーム会社で6344649《むさしよろしく》は世界でもっとも売れたゲーム機である。人気ソフトも充実しておりアメリカにもファンが多い。巌流書店は日本で最も人気の高い少年ステップを出版しており、連載作品の漫画のアニメ映画は世界中で大ヒットを記録していた。落ち目のバーベラカンパニーとは大違いである。しかしアメリカの誇りであるバーベラランドが日本企業に買収されるなどありえない。ゴールドバークは常日頃からバーベラランドをほめたたえ、日本のサブカルチャーを攻撃していた。
大統領が爆発発言をするたびに、マスコミは彼女に釘付けになる。634堂の買収は彼女にクビにされたヴァンダービルドとウェイクが担当していた。
ロサンゼルスコンベンションセンターでは、ヴァンダービルドとウェイクが日本に旅立つ予定で、マスコミも彼女たちの動向を見張っていた。しかしピエレッタが事件を起こしたためそちらに目が向いてしまったのだ。
日本へ来た彼女たちはほぼ無視されていた。代わりに634堂や巌流書店の社長と契約を交わすことができたのである。
「変わり身の術ね。自分が嫌っている物に攻撃していると見せかけて、裏では手を結んでいる。アニメショップ襲撃は一見日本のサブカルチャーを非難すると見せかけて、実際はアメリが日本企業の買収を進めていたわけね。国家ぐるみの陰謀だわ」
カレンはため息をついた。祖父ケンの教えだが、ハナはそれを国家規模で起こしたのだ。彼女はアメリカを嫌っていた。幼い頃から反ユダヤ主義に攻撃されていたからだ。実業家として成功した彼女は大統領になることで既存のシステムを破壊していった。その一方でわざとクビにした者たちを使い、新たなシステムを作り直したのである。
アメリカは第二次世界大戦で世界の王となった。だがそれが悲劇の始まりだった。ソ連との冷戦がはじまり、アメリカは世界の警察官となって世界中に散らばった。だがアメリカ国民の生活向上には一切働かず、文字の読み書きができない大人や医療保険に入れないものなどが後を絶たなかった。
そのうえアメリカンドリームを望んで移民が無計画にやってくる。物価高で人件費が高騰し不法移民を安い賃金で働かせるなど社会問題は深刻化していった。
ハナはアメリカのシステムを破壊し、それを再生することに心血を注いだ。その後継者をサラにまかせたのである。
「私はしばらくカレンの道場に住むよ。ミヨシ先生にもよろしくと言われたからね」
それを聞いたカレンは目を丸くした。初耳だからである。
「これ以上ブラッククノイチが暴れないよう手綱をつけるようにとね。マリアも一緒だよ」
「おいどんは掃除洗濯何でもするでごわす!!」
マリアは食事を終えると、ぽんと胸を叩いた。
「私はしばらくおじいちゃんの店にいるわ。いつでも遊びに来て良いわよ」
「ザラ、マリアはともかく、あなたがおとなしくしているとは思えないんだけど」
「私は同じことなんか繰り返さないわよ。今度は特定の服を溶かす薬品を使って、公開ストリップシューを計画しているわ。きゃはは!!」
ゾフィーは笑っている。彼女はアメリカのスーパースターを派手なやり方で全米に中継されるように殺害していった。だが本質はミラクルと呼ばれる不可思議な存在を操ることである。ミラクルは死人に憑りつき、アメリカに復讐を望む。ゾンビ映画と違い人間と区別がつかないので、専門家以外対処が難しいのだ。ゾフィーは大学在中時にミラクルをコントロールする電波装置を発明した。死体はアメリカではさがせばすぐに見つかる。先進国でありながら命の価値は肉屋の肉と同じだ。
カレンたちは店を出た。すると店の前には3人の女性が立っていた。全員ジャージを着ている。ジョギングの最中なのだろう。正確に一人は美少女に見える男性だ。
「あっ、お姉さまここにいたんですね! しかも大統領までいるし……」
「人違いだよ。私はハナ・カナヤマ。日系人さ」
「髪が黒くてもそうは見えないんだけど」
中国系のカイ・ウォンが反論した。彼は大統領の真実を知り、何とも言えない気分になった。
カイは男の娘だがまじめな性格だ。世界中を相手にペテンをかけたハナがこの世の人間とは思えないのだ。例えるなら霞を食べる仙人のようである。
「マリア。ひさしぶりに剣の稽古をしたいな。マフィアのボスを斬らずに殺した腕前を見せてほしい」
「あれは死にかけの老人や、臆病者以外通用しないでごわす」
アフリカ系のアーミアが笑いながら拳を突き出した。マリアもそれに合わせる。二人は剣術では仲良しだった。本来剣術とは無縁な性質だが、彼女たちにはぴったりとはまったのだ。自分でも理解できない部分はあり、それを見つけられた二人は幸せである。
「…あなた、なんでここにいるのよ。カレンとキスをしたこと忘れてないからね!!」
「きゃはははは!! あの子のファーストキスがほしかったわけ!? なら今すぐもらいなさいよ。愛し合っているなら、関係ないでしょ?」
イングランド系のアンジェリーナことアンジーはゾフィーをにらんでいた。彼女がカレンの唇を奪ったことを未だに根に持っているのだ。ゾフィーはどこ吹く風である。アンジーは同性愛者の傾向があった。カレンが男子生徒にからかわれるだけにしたのは、彼女が男を相手にする確立を減らすためであった。
カレンはそれを見てうんざりしていた。ブラッククノイチとして最高の破滅を求めるはずが、すべて台無しになった。
だがあまりの衝撃にカレンの頭は晴れた。長年頭にツボを嵌められてそれが割れた気分だ。
ジョリー先生たちもカレンの事を愛していた。ハナと仲良く話しているのをよく見ている。
「どうせこの世は変わらない。だけどそう思い込んでいるだけで、世界はいくらでも変えられるんだわ。やっぱりこの世はレボリューションを求めているのよ」
カレンは朝日を見ながらつぶやいた。
本編はこれで終わりです。次回は外伝を数話掲載します。




