第11話 強い方が強いに決まってるっす!!
「カレンがトッドに腹パンと顔パンされましたわ!!」
金髪の眼鏡っこジュリエットがモニタに向かって叫んだ。彼女はネットではザ・サイト『視覚』と名乗っており、以後ザ・サイトで話を進める。
モニタにはトッド・ステアーズに殴られたカレンがカエルのように股を開いており、芋虫のようにごろごろ転がりながらうめいていた。トッドは後姿なので表情は見えないが、苦悶の表情を浮かべていることだろう。向かいにいるセラ・ローレンは号泣していた。恋人の非道に抗議しているより、それを命じたピエレッタに怒りをあらわにしているようだ。
「カレンは無事よ。大げさに痛がっているだけだわ。トッド氏はMLB選手でも戦いに関しては素人。カレンなら見た目ほどダメージを喰らっていないわ!!」
アンジェリーナことアンジーが断言した。幼馴染なだけにカレンをよく知っているようだ。茶色いスーツに身を包んだマデリンことコックローチも頷いている。
「ですがこれはまずいですわね。トッド氏の名誉が傷つきます。ザ・サイト、仕込みは済んでいるわね?」
「オッケー、すでに細工は流流仕上げを御覧じろよ」
ザ・サイトが左手でピースサインをした。別のモニタではカレンがトッドの股を蹴り、セラの髪の毛を引っ張る映像が流れていた。カイとアーミアはどういうことだと首をかしげている。
「ザ・サイトの作ったAI動画よ。向こうのテレビジョンではさっきの映像が流れているけど、ネットではこちらを流しているわ。カレンが全米で非難されるけど、彼女ならなんとかするわね」
アンジーが言った。カイたちも全米に非難されてもマゾヒストのカレンなら、大丈夫だと思った。
「私はカレンに特製スーツを届けます。お二人は先ほどの通りに。ご武運をお祈りしますわ」
そう言って4人は散っていった。
「俺は警察と合流し、ミラクルどもの対策を教えるとしよう。警官はミラクルを理解してくれているからな」
クリスチャン・ジョンソンこと、クリスが言った。アンジーの配慮で警官にはミラクル対策の銀の弾丸が配布されている。だが専門家であるクリスがいれば混乱は起きないだろう。
「あんたの娘はすごいな。オーディン社は俺でも知っているが、あんたはいらないんじゃないのか?」
クリスがジョークを言った。アンジーの父親、ハワードは顔色一つ変えない。
「あの子らに言わせれば私は必要不可欠だそうですよ。いいものを作っても売れなきゃ意味がない。私のハンサムフェイスで女はころっといちころになり、商品が売れていくそうです。人には役割があるのですよ」
ハワードの言葉にクリスはなるほどと思った。
☆
ロサンゼルスコンベンションセンターの入り口は混とんとしていた。犬が百匹ほど徘徊し、周囲の人間に吠えているからだ。パトカーは数台来ているが警官は何もできない。犬を射殺すれば免職は間違いないし、SNSで攻撃されるのは目に見えていた。
「ホスローさん。俺たちいつまでこうしてなきゃいけないんですか?」
白人の男性警官、オリバー・スミスがこぼした。二十代前半なので仕事に対する忍耐力が低い。
「署長命令が下るまでだ。そもそもアマゾネスにパトカーを壊されたからな。修理工は忙しさに目を回しそうだとこぼしているだろうさ」
こちらはイラン系の40代の男性警官、アミール・ホスロー巡査長だ。同僚のパトカーはアマゾネスの矢によって破壊された。数台のパトカーしかこれなかったのだ。狙撃手も用意したがアマゾネスの卓越した弓の腕に狙撃銃はすべて破壊されたという。
入り口には煽情的な女性が鞭を持って立っていた。170センチほどの30歳で金髪のポンパドールに黒いレザーの露出の多いレオタードを着ていた。網タイツに黒いかかとの高いブーツを履いている。
オルガ・イヴァンことビーストテイマーだ。彼女はドローンでフェロモンを散布し、センターに近づく人間を犬で威嚇しているのだ。
「犬は襲ってきませんが、こちらが暴行を加えれば世間から非難される…。警察は割に合わない仕事ですね」
「自己犠牲精神がなければ無理だな。でも俺は好きだよ。娘はいつもお仕事お疲れ様って言ってくれるしな」
「俺もママがシチューを作って待っててくれますからね」
さらにピエレッタはミラクルたちを従えているという。ミラクルは警察や軍では有名で、毎年一回はっ教育を受けることになっていた。銀の弾丸があれば倒せるが、ミラクルの区別は素人には難しく専門家の蒐集家に任せた方が楽なのだ。それに一般市民はミラクルを知らないし、下手にピエレッタの部下を殺せば警察が非難される。それでも家族が慰めてくれるだけで心が救われるのだ。
二人が無駄話をしていると、何か周囲が騒がしくなった。見ると白銀のスーツとマスクを身に着けた女が現れた。アーミアことアイスクノイチだ。
「私はアイスクノイチ! 氷の牢獄に囚われるがいい!!」
アイスクノイチは右手で刀を握り、ビーストテイマーの前に構えた。
「お前があの女が言っていた変態だっちゃね!! うちがこらしめてやるっちゃ!!」
ビーストテイマーはロシア訛りで答えた。
「変態はあなたでしょう? 自分のことを棚に上げて、関係のない孫娘に復讐するとは見下げ果てたやつだな!!」
「はぁ!? んなもん知らねぇだっちゃ!! 仕返しより、偽善者どもを大事な家族たちの牙で、喉笛を噛み千切らせたいっちゃ!!」
「家族に人殺しをさせるのかい? 大した家族愛だね」
アイスクノイチは皮肉った。だがビーストテイマーの話を聞き引っかかるものがあった。彼女は自分を捕らえたケン・ミヨシに対して復讐する気がないらしい。娑婆に出たら偽善者、動物愛護団体を始末したいようだ。
「ピエレッタとアマゾネスと手を組み、あなたは何がしたいのかしら?」
「あいづらと一緒にするなっちゃ!! うちの友達は動物だけっちゃ!! あの女の指示がなければ一緒にならねぇっちゃよ!!」
ビーストテイマーは激怒した。一族でサーカスを経営していたのに、動物愛護団体のせいで潰されたのだ。人間不信になってもおかしくない。それなのにあの女とやらの命令は聞く。アイスクノイチはその背後に誰がいるのか、なんとなく察することができた。
「あんたはうちの鞭で調教してやるっちゃ!! 家族は一切手出しさせないっちゃよ!!」
ビーストテイマーは胸元から小さな笛を取り出して吹いた。すると犬たちは周囲の人間に吠え始める。犬笛で指示しているようだ。
この女は殺人罪を起こしている。だが相手は動物愛護団体のみと決めており、アイスクノイチに対しても殺人はやらないようだ。かといって手抜きで勝てる相手ではない。アイスクノイチはフルフェイスの中で冷や汗をかいていた。
「なんなんすかね、あの女……。LAではクノイチが流行っているんですか?」
「俺に聞くな」
スミスとホスローはパトカーの陰に隠れながら、二人の死闘を見ていた。
☆
「じゃあ、私の体に抱き着いてくださいね」
コックローチがカイことドラゴンクノイチに言った。ドラゴンクノイチはコックローチの正面に抱き着いている。彼女の背中には何やらリュックのようなものを背負っていた。立体機動装置といい、2本のアンカー付きのワイヤーを射出し、ワイヤーを巻き取る勢いと、ガスの噴出による推進力により、高速で空中を移動できる仕組みになっている。元は日本の漫画に出ていたものを実用化したものだ。
まずセンターの壁にアンカーを打ち込み、そのワイヤーを巻き取る勢いで、スリングショットの玉のように飛ぶのである。本来は一人用だが、二人とも体は軽いので、大丈夫と思われる。
「あなた絶叫マシンは好きですか?」
「好きじゃないけど、爆破に巻き込まれたことはあるよ」
カイは実家の仕事を手伝うことがあり、敵対するマフィアが自爆して周囲を拭きとばあすことがあった。カイは何度もそれに巻き込まれたことがあり、耐性はあると自負している。
コックローチは装置を作動させると、日本のアンカー付きワイヤーがセンターの壁に突き刺さった。
それを一気に巻き取ることで、二人はスリングショットの玉のように飛んでいった。ドラゴンの仮面をつけているので風圧は感じないが、高速移動の重力は感じている。まるで身体がちぎれそうな勢いだ。
二人の体はセンターの屋上が丸見えになるほどの位置まで飛んだ。そして屋上には一人の巨女が弓を構えて立っていた。
おかっぱの丸頭で、顔つきも童顔でまるっこい。そのくせ男のような筋肉に弓道で使う胸当てをつけていた。下半身はたいつをぴっちりと履いている。彼女がサニー・チョイことアマゾネスだ。
ドラゴンクノイチとコックローチは両手両足を広げ、猫のように着地した。そうすることで落下の衝撃を分散できるのだ。
アマゾネスは自分たちを見ていたのに、矢を放とうとしなかったのが、気になった。
「ウッス!! さっそくきたっすね!!」
アマゾネスは銅鑼のような声を出した。腹に響く音量だ。ドラゴンクノイチがアマゾネスと対峙する。コックローチはその隙にミラクルを操る装置を探しに行った。サイトが作った装置を使い、通常とは違う電波を探しているのだ。
「吾はドラゴンクノイチ!! 龍の炎で、悪を焼く!!」
「ウッス!! 自分は悪っす!! でもこの世にはびこる悪は自分の手で始末するっす!!」
アマゾネスは自分が悪だと自覚しているが、正義に酔いしれているところがある。家族をギャングに殺されたので、ギャングを殺して当然だと思っているのだ。現に彼女は家族に手をかけたギャングたちを矢継ぎ早に殺害していた。
「無関係なお姉さまを巻き込むなんて、性根が腐ってますね!! 吾が叩きなおしてあげます!!」
「あのおじいさんの孫っすか? 自分が逮捕されたのは、自分が悪いからっす!! なんでも人のせいにするのは良くないっす!!」
アマゾネスは正論を吐いた。彼女は学校だけでなく家族にも冷遇されていた。アーチェリーを教えてくれた師匠だけが人間扱いしてくれたのだ。なので学校の勉強はまったくできないし、母国のこともどうでもよかった。
ドラゴンクノイチはどこかずれたアマゾネスに不気味なものを感じていた。なんでこいつがこんな事件を起こしたのか理解できなかった。
「弓矢を使ったら死んじゃうので、テコンドーでいくっす!!」
アマゾネスは構えを取る。テコンドーはテコンドーは、1955年4月に韓国の崔泓熙陸軍少将によって考案、命名された現代武道である。テコンドーという名前は、韓国語の「足や踏むこと(Tae)」「拳や戦うこと(Kwon)」「道や規律(Do)」という3つの言葉からきているという。
テコンドーは武器を使わず、徒手空拳で相手の攻撃から身を守る護身術であり、厳しい精神的・肉体的な訓練を通じて手足など身体を科学的に活用する技の集大成である。特に、その華麗で破壊力のある足技は「足技最強の格闘技」「足のボクシング」と称されるほどだ。
アーチェリーの師匠が教えたのだろう。
テコンドーは足技が特化しているが、中国拳法は内側からくるダメージを重視している。
アマゾネスは20歳で180センチを超えている。筋肉の量も彼女が上だ。蹴られたら鉄棒を叩きつけられるほどの痛みを喰らうだろう。まるで岩山に立ち向かう気分になる。ドラゴンクノイチは憂鬱な気持ちになった。
「中国拳法とテコンドーどっちが強いか勝負だ!!」
「強い方が強いに決まってるっす!!」
見た目は馬車に立ち向かう蟷螂の斧だろう。だがドラゴンクノイチは勇敢な男の娘だ。例え相手が巨大であろうとも一矢報いるだろう。
こうしてカレンを救うために三人のクノイチたちは動き出した。だが彼女たちの思惑を横に悪の陰謀が動き出していることに気づくものはいなかった。




