第10話 えらいことになっているわ
ロサンゼルスコンベンションセンターではコミコンでにぎわっていた。各企業が自社の漫画とグッズを売っている。さらにコスプレイヤーもいてにぎわっていた。巨大なプラズマテレビでは各企業のPR映像が流れている。
カレンは一角で漫画を売っていた。彼女の漫画は一部で人気があり、彼女はファンから握手だのサインだの求められていた。彼女はいつもの茶髪のおかっぱで赤い縁の眼鏡をかけている。灰色のタートルネックの服に黒いタイトスカートを履いていた。
そこに金髪碧眼の美少女がやってきた。アンジェリーナ・ハサウェイ、カレンの通うゴスペル高校の同級生であり、幼馴染だ。通称はアンジー。後ろには赤毛のマデリンと、金髪メガネのジュリエットが控えていた。
「あら、カレン。今日はここにいたのね」
「…こんにちは」
「もっとハキハキしないと売れるものも売れないわよ。まったく辛気臭いったらありゃしない」
アンジーはやれやれと手を振った。オタクを罵倒しないのは周りがオタクだらけだからだ。さすがのアンジーも差別発言は避けている。
「今日は、セラ・ローレンが来るのよ!! さらに恋人のトッド・ステアーズも一緒にね!! ここは有名人と出会えるから好きよ!!」
「でもセラはブラッククノイチをほめちぎってるんだよね。前にニューチャイナタウンで騒動に巻き込まれたのに」
「そのせいか大統領がセラを攻撃し始めたから、狂犬にもほどがあるわ」
アンジーは興奮していた。マデリンとジュリエットは愚痴をこぼしている。セラ・ローレンはニューヨークを中心に活躍する白人のシンガーソングライターだ。トッド・ステアーズはセラと同じニューヨークで活躍しているMLB選手だ。自信満々でサイ・ヤング賞こそ受賞してないが、最多勝と最多奪三振のタイトルはそれぞれを二度づつ受賞している。日本人の大月翔太を異様にもライバル視していた。アニマル・ルーズも同様だ。
「今日は奇跡が起きそうな日だわ!! でも蒐集家に目を付けられないようにしないとね!!」
そう言ってアンジーは去っていった。マデリンとジュリエットはまたねと手を振った。
カレンはアンジーがここに来たことを意外に思った。そもそも彼女がセラ・ローレンやトッド・ステアーズに興味を抱いていたなど、初耳である。
『きゃはははは!! 皆さんご機嫌いかが!?』
突如テレビジョンの映像が変わった。画面には白塗りに目と口の周りを笑顔のような赤い化粧を施している女性が映っていた。ピンク色のツインテールにとげ付きの首輪、水玉模様の袖なしワンピースに、黒と白の縞々模様のニーソックスを履いていた。
『今日はこの私がコミコンを乗っ取りまーす!! よろしくね!!』
するとコスプレイヤーの一部が拳銃を取り出した。それを周囲の人間にちらつかせた。さらに銃声が響く。コスプレイヤーの一人が天井に向けて拳銃を発砲したのだ。脅しでないことがわかり、来客たちは頭を抱えて座り込む。カレンも同じだ。
すると会議室から一人の女性が入ってきた。先ほどテレビジョンに映っていた女性だ。
カレンは一目見て理解した。あの女はゾフィー・シュミット。通称ピエレッタだ。アメリカ史上最悪の犯罪者として悪名が高い。
「初めまして! 私の名前はピエレッタ!! 自分で名乗ったことないけど、こちらのほうが有名だからそうするね、きゃははははは!!」
ピエレッタはまっすぐカレンの元にやってきた。そして彼女の髪を掴むと、むんずと持ち上げた。
「あんたがじじいの孫ね? あいつのおかげで私は逮捕されちゃったのよ!! 今日はそのお礼に来たわけ!!」
ピエレッタは狂気の笑みを浮かべていた。だがカレンは見抜いていた。彼女は口とは反対に乗り気でないことに。
「おいお前!! こんな真似をしてタダで済むと思っているのか!!」
激昂している金髪碧眼の白人がいた。197センチほどの背丈で、黒いジャケットと白いシャツ、黒いスラックス、黒いスニーカーを身に着けていた。トッド・ステアーズだ。隣にはセラ・ローレンもいる。
彼は正義感が強く、弱い者いじめが大嫌いなのだ。
だが彼はピエロの格好をしたコスプレイヤー三人に取り押さえられてしまった。セラも後ろから腕を絞められてしまう。
「きゃはははは!! これから面白くなるんだから、お客様はお静かにお願いしまーす!! まずはカレンちゃん、これに着替えて頂戴な」
部下らしいコスプレイヤーがカバンをカレンの手元に投げた。カレンはそのかばんを空けるとそこにはバニー耳にバニースーツとハイヒールが入っていた。バニーガール衣装だ。
「こっ、これに着替えろっていうの?」
カレンはドキドキしていた。人前で肌を晒し、バニーガールになる。あまりの興奮に白目をむきそうになった。
「正解でーす!! ただしすぐここで着替えてね。その様子はネットで公開させるからね!!」
ピエレッタは腹を抱えながら笑っている。隣にはビデオカメラを構えるピエロが立っていた。どうも感情がこもっていない。自分の意思を押し殺しているようだ。これを理解しているのはカレンだけだ。
「ふざけないで!! 年頃の女の子にそんなことをさせるなんて!!」
セラが叫ぶ。彼女もまた正義を胸に秘めているのだ。ピエレッタは近づき、彼女のほっぺたを両方つねって伸ばす。
「おバカさんですね~。あなたの生殺与奪権は私が握っているんですよ~?」
「やめろ!! セラに手を出すな!!」
床に転がされたトッドが激怒した。それを見てピエレッタは深いため息をついた。
「まったくこの世はパーばかりですか? あんまり騒ぐとその子を裸にしちゃいますよ? そうだ、あなたと実況交尾ショーを撮影するのがいいかもね!!」
あまりの発言に二人とも黙ってしまった。カレンはすばやくバニースーツに着替えた。カレンは見た目は地味だが体は完成されている。豊満な胸にくびれた腰、すらりと長く引き締まった足は、見る者を魅了した。
「はっ、恥ずかしい…」
一応恥じらってみる。彼女は地味な少女であり、恥じらわないといけなかった。
ピエレッタはそれを見てげらげら笑っている。
「おっと、私一人だけじゃないよ。屋上にはアマゾネス、入り口はビーストテイマーが守っていますからね。きゃはははは!!」
それを聞いた来客たちは絶望の声を上げた。アメリカで有名な犯罪者が手を組んだのだ。だがカレンは別の考えが浮かぶ。彼女たちが協力するとは思えない。誰かが指示していると確信した。
☆
「で、あなたは何をさせたいのかしら?」
ロサンゼルスコンベンションセンターの近くで黒人のアーミア・ブラウンは白人男性に質問した。
白い中型の中継車に乗っていた。他にも中国人のカイ・ウォンと茶髪の天然パーマの白人が乗っていた。内部にはトランクケースが3個置かれていた。
車の持ち主はハワード・ハサウェイ。金髪碧眼で40歳の優男だ。ハリウッドスターと言われても納得できる。彼はIT企業オーディン社の社長であり、アンジーの父親だ。
アーミアとカイはコミコンがピエレッタに占拠されたと知り、行動を起こそうとしたが、携帯電話に連絡が来た。知らない番号だが相手の方、ハワードは二人の正体を知っていた。
アーミアもカイもアイスクノイチ、ドラゴンクノイチの格好になっている。ただしマスクはつけていない。
「まあ、待ってくれ。あそこには娘がいるんだ。あの子が来たら説明してあげるよ」
ハワードはのらりくらりとアーミアの質問をはぐらかしていた。カイはカレンを助けに行きたいのにイライラしていた。
「これ以上引き留めるのはやめてよね。お姉さまがあいつらの慰み者にされるなんて耐えられない」
すでにネットではピエレッタの犯行声明が出ていた。自分たちはカレンの祖父に逮捕された。その復讐のために脱獄したのだと説明した。屋上ではアマゾネスが待機しており、すでに数十代のパトカーが走行不可能になっていた。アマゾネスの放つ矢は何百メートル先の車のエンジンを射抜き、電気機器を正確に破壊していたのだ。ヘリコプターも同じで矢で機能停止に追い込まれていく。さらに警察が用意した狙撃手たちも次々と狙撃銃を矢で破壊されたのだ。
マスコミは当初元商務長官のマーガレット・ヴァンダービルトや元財務ニコール・ウェイクが日本に行くので、ついていくはずだったが、こちらの方が面白いと判断して全員コンベンションセンターに来たそうだ。
入り口はビーストテイマーが用意した犬百匹が取り囲んでいた。噛みつきはしないが吠えまくっていた。力づくで排除すれば警察が動物愛護団体に非難される。どうにもならない状況が続いていた。
遠くからガコンと音がした。それは排気口から聞こえてきた。そして中から女性が一人おりてきた。
アンジーである。さらにマデリンとジュリエットも出てきた。三人は中継車を見つけるとまっすぐ向かってきた。
「あなたは!?」
「あら、カイさん来てたのですね。パパが迎えに来てくれたのですね」
アンジーはカイが普段着でないことに口を挟まなかった。
「やあアンジー。君が望んだものを用意したよ」
「ありがとうパパ、愛しているわ」
そう言ってハワードとアンジーは抱き合った。ジュリエットは中継車の中にあるモニタの前に座った。そしてキーボードをかちかちと叩きだす。マデリンも着替えを始めた。
「ハワードさん、あなたは何をしたいのですか? 娘さんが普通でないことは理解できましたが」
「ごめんなさいアーミアさん。カレンを助けるためにどうしても必要だったのです」
アーミアの質問にアンジーが答えた。アンジーはトランクケースのひとつを開き、着替えを始めた。
つるりとした銀製のマスクには赤い6つのレンズがついていた。黒いレオタードに両腕両足は黄色と黒の縞々模様が描かれていた。
「何それ?」
「私がデゼラスさんに製造していただいたスーツですよ。名前はスパイダークノイチですね」
カイが訊ねるとアンジーが答えた。ブラッククノイチのような恰好だ。
ちなみにマデリンは茶色いスーツに身を包み、マスクで顔を隠していた。コックローチと自称している。
「…あんたはカレンをいじめていると聞いたが、間違っているかね?」
「間違っていません、あの子にはそれが必要だったから。あと私はカレンのビジネスパートナーでもありますね、私はシェードクリーナーと名乗ってますが」
アーミアの質問にアンジーはマスクを外して言った。その表情は硬い決意を秘めていた。
あとカイはシェードクリーナーの名を聞いて驚いた。カレンのネット上の仕事仲間だからだ。カレンはそれに気づいているのだろうか?
「お二人ともわかってますよね? カレンは自覚のない自殺を望んでいることを。自分たちがクノイチになることでカレンに歯止めをかけていることを」
アンジーの言葉にアーミアとカイは固まった。図星を刺されたからだ。
「今はその話はよしましょう。問題はミラクルです。そちらの方は蒐集家のクリスチャン・ジョンソンさんです」
「…どうも。コスプレイヤーと挨拶をしたのは初めてだ」
クリスチャンが頭を下げた。カイはきょとんとしていたが、アーミアは驚いた。蒐集家とはアメリカ建国以来、アメリカの闇にはびこる死霊、通称ミラクルたちを処理する組織だからだ。だがピエレッタが関わっている以上それは必然だと理解した。
「ピエレッタがアメリカ史上最悪な犯罪者と呼ばれる本当の理由です。彼女はミラクルを自由に支配する研究をしており、協力者として使ってきたのです」
「ったく、これだからアメリカは嫌いなんだ」
アンジーが説明するとクリスが紡いだ。
「デゼラスさんは蒐集家の協力者だ。彼の発明した銀製の武器のおかげで、素人に毛が生えた連中でも使い物になった。ほら」
クリスが車を降りた。ピエロの一人がナイフを持って突進してきた。
クリスは拳銃を取り出すと、ピエロを撃った。するとコスプレイヤーは道路の上に転ぶと、バタバタもがくと紫の煙が出て、動かなくなった。
「あばよ、地獄で会おうぜ」
クリスは死体に近づくと、ピエロの首を触る。すでに冷え切っており、こいつが最初から死体であることが判明した。
「普通、ミラクルに憑依されたら人外のようになる。ところがピエレッタの操るミラクルは人間の形を保ち、人間と同じようにしゃべる。合衆国はこの事実を知っているが、ミラクルの事は明かせない。だからピエレッタ《女ピエロ》と名付けたのさ」
クリスが説明した。カイは少し怖気づいていた。アーミアとアンジーは冷静なままである。ハワードはこの状況でもへらへらしていた。彼の胆力はただものではない。
「カイさん、あなたはコックローチとともに屋上に向かってもらいます。屋上にあるアンテナにはミラクルを操る装置があるのです。コックローチは装置を狂わせる手段を持っています。アーミアさんはビーストテイマーと戦ってください。私はカレンに新しいスーツを持っていきます」
アンジーはトランクを持ちだした。これはデゼラスに依頼して作らせたのだ。カレンの3サイズを調べ上げ、新しく作らせたのである。これならデゼラスはカレンの個人情報を露出していないことになる。
「まいったわねアンジー。カレンがえらいことになっているわ」
モニター画面にかぶりついているジュリエットが声を上げた。モニターにはバニーのカレンがトッドの腹パンを食らっている最中であった。
セラ・ローレン、トッド・ステアーズ、クリスチャン・ジョンソンをお借りしました。
特にピエレッタは最初アメリカのスターを殺害する愉快犯にするだけでしたが、西木草成さんの設定を借りてミラクルを操る設定にしたのです。
アンジェリーナがスパイダークノイチになるのは、最初から決めてました。




