第一話 最高の人生を演出するわ
ロサンゼルス。米国カリフォルニア州南部の太平洋に面する港湾・商工業都市だ。石油精製・航空機製造・コンピューターなどの工業が盛んである。避暑・避寒地、観光地としても知られており、近郊にハリウッドがある。人口は行政区だと約382.1万ほどだ。
そして人種のるつぼである。白人はもとより、アジア人、黒人、ヒスパニックなど多種多様である。そしてその分犯罪は日常茶飯事だ。
ここはダウンタウン地区。時刻はすでに夜だがビルの灯はまるで別世界だ。その華やかな陰、特にビルの隙間には犯罪が横行していた。
今もヒスパニック系の少年3人組が日本人観光客にナイフを突きつけて、金を脅し取ろうとしていた。彼らはメキシコから不法入国したものたちだ。メキシコでは暮らせないからアメリカンドリームを夢見てきたが、現実に打ちひしがれ、強盗で稼いでいたのである。
「まてい!!」
頭上から声が聴こえた。いったい何者だと上を見上げると、ビルの屋上には人影があった。
それは異形であった。茶髪のおかっぱ頭に全身を黒い体を強調したレオタードに身を包んでいた。
口元はマスクで隠され、手には小手、足には脛当を身に着けていた。
そいつは屋上から飛び降りると、猫のように体を回転させ、両手両足を地面に着地させた。こうすることで落下の衝撃を分散させるのだ。
男たちは呆気にとられたが、変態女の登場に激高し、ナイフを振り回した。女は右足を鞭のように蹴り上げると、男のナイフは天高く飛んでいった。手首は折れ、痛みでパニックを起こしそうになる。
もう一人が女に斬りかかろうとした。だが女は手首を折られた男を盾にする。ナイフは男の腹に突き刺さり、刺した相手はショックを受けていた。その隙に女は男の顎に正拳突きを決めた。顎は鍛えようがない人体の急所だ。一撃で気絶した。
残った一人は懐から拳銃を取り出した。まともな店では買えないからサタデーナイトスペシャルだろう。安価で手に入るが、命中率は悪く、壊れやすい。しかし脅しには十分だった。
だが女は蹴り飛ばしたナイフを拾うと、男に向かって投げた。ナイフは拳銃の銃口に当たり、男は混乱した。その隙にハヤテのごとく懐に入り込み、男の金的を蹴り上げた。悶絶した表情を浮かべて、男は倒れた。
観光客は呆気に取られていた。命の恩人だが声をかけられない。それほど非現実的な光景だからだ。
「ブラッククノイチ。この世はレボリューションを求めている」
女は日本語ではっきりと答えた。そしてビルの壁を交互に蹴りながら、彼女は消えていく。
遠くからパトカーのサイレンの音がした。住民が警察に通報したのだろう。パトカーからはイラン人で40代ほどの男が下りてきた。赤銅色の肌にミラーグラスをつけており、黒いひげを蓄えている。
そして気絶した少年たちを見下ろし、震えている日本人観光客を見た。
「また、あの女か」
警官はそうつぶやいた。
☆
「あなたって本当にのろまですわね」
白人の女性が日系人の女性に声をかけた。白人女性は金髪でウェーブがかかっており腰まで伸びていた。ひらひらしたワンピースを着ている。日系人は茶髪のおかっぱ頭で赤い縁の眼鏡をかけている。根暗そうで赤いだぶだぶの服を着ていた。ジーンズを穿いている。
ここはダウンタウン地区にある公立高校だ。ゴスペル高校といい福音を意味する。白人女性はアンジェリーナ・ハサウェイといい、実家はオーディン社というIT企業だ。教育AIを開発し、知的障碍者の自立支援に役立てている。普段はアンジーと呼ばれていた。
日系人女性はカレン・ミヨシといい、リトルトーキョーに住んでいた。リトルトーキョーには学校がなく、ダウンタウン地区まで通っていた。アンジーは170センチで、カレンは160センチだ。日本人の小柄な身長では白人女性に勝てない。
アンジーの背後には取り巻きの白人女性が立っていた。どちらもイジワルそうである。
「……どうも」
「ふん、あなたみたいな人をオタクというのでしょう? 本当に気持ち悪いったらないわ。なんで日本人は根暗なのかしら?」
「……私日系4世ですけど」
カレンが反論したがアンジーは無視した。カレンはダウンタウンにあるアニメショップで漫画などをよく買っており、同級生たちによく目撃されていた。アンジェリーナはアニメにも漫画にも興味がないのでカレンを別世界の生き物と思っていた。もっとも学校では日本のアニメと漫画を推奨していた。麻薬をやるよりもよっぽど健全だからだ。南米ではアニメにはまった若者が麻薬を買わなくなり、マフィアが潰れたという話があるくらいだ。
特に日本の634堂のゲームは大人気であり、巌流書店の漫画もアメリカ人の心をつかんでいた。カレンは日本の投稿サイトで日本語の漫画を投稿しており、人気を得ていた。
代わりにアメリカの最大娯楽会社、ウィリアム・バーベラ・カンパニーは低迷であった。アメリカの出版社、アダマスコミックを傘下に収めたが、それでも日本の漫画に押されていた。原因は明快だ、つまらないからである。何十年もキャラを使い、政治色の強い話しか書いてないのだ。最近はポリコレの言いなりになり、必要のない黒人を出演させたりと、映画も早々に打ち切られるなど散々である。
「まったく今のアメリカはどうなっているのかしら? 町にはブラッククノイチという変態女が夜の街を闊歩しているし、我が国では初の女性大統領、ハンナ・ゴールドバーグは狂った政策しかしていない。あなたみたいな黄色い人間がいるからアメリカは腐っていくのよ。さっさと日本に帰りなさいな」
アンジーたちがからかっているが、カレンは何も言い返せなかった。白人の差別主義に対抗できないわけではなく、この女は自分を狙い撃ちにしているからだ。他にも中国人や黒人も通っているが、カレンほどではなかった。
だが周囲の人間も合衆国大統領に対して不満を漏らしていた。この間も副大統領のサラ・コーエンと口汚く罵ったばかりであった。商務長官のマーガレット・ヴァンダービルトを不法移民をかばったとしてクビにし、財務長官のニコール・ウェイクをオーストラリアのアボリジニと呼んでクビにした。望まれた女大統領は権力を振りかざし、好き勝手にふるまっていた。白人のアンジーたちも彼女には辟易していた。
そうこうしているうちに教室に教師が入ってきた。ジョリー先生である。50歳の中年女性で短く切った金髪にふっくらした体格が特徴的であった。
「えーみなさん。昨晩もダウンタウン地区でブラッククノイチなる変質者が現れました。不法移民の少年たちが強盗を働いていたところを、暴行したのです。犯罪に無抵抗でいろとは言いません。不法移民に同情するつもりはありません。ですがブラッククノイチは犯罪者です、法を無視し、正義の名を利用して犯罪者を痛めつける享楽犯罪者です。見かけたら必ず警察に連絡するように。警察署長、ラトヤ・ブラウンからの通達です」
こうして授業が始まった。カレンは誰とも付き合わず、ただ一人でずっと過ごしていた。リトルトーキョーから通っているのは彼女くらいだ。クラスではブラッククノイチがいかに変態であり、狂人であるかを笑い話としていた。さらにクノイチは日本で女忍者を意味するため、時々カレンをだしにしていた。気弱なカレンができるわけないと笑っていた。カレンはそれを聞いて、口をぎゅっとつむんだ。
☆
スキヤキドージョー。リトルトーキョーの一角にある木造建ての道場だ。カレンの実家でもある。両親はカレンが10歳の頃、交通事故で亡くなっていた。祖父のケン・ミヨシと二人暮らしだ。その祖父は現在旅に出て留守である。リトルトーキョーは不法移民に対して警戒しており、空き家に住まないよう自警団が巡回していた。
カレンは道着に着替えた。眼鏡も外しており、顔つきも変わる。彼女は型をやった。スキヤキドージョーでは空手を教えている。日々の鍛錬だけでなく、常に先のことを考えることを教えていた。いかに相手の急所を突き、楽に倒せるか。祖父は黒人男性相手でもあっさりと倒せる実力を持っていた。これは腕力だけでなく、相手の急所を理解し、相手の力を利用したものだという。
さらに走って逃げる際、どう走れば疲れないかも研究していた。近くにあるもので武器や防具として使用するなど、空手というより忍術に近い。カレンは幼い頃から祖父の手ほどきを受けていた。日系人だけでなく、白人や黒人など弟子が多かった。その中でカレンが一番の使い手であった。
それは幼少時からの鍛錬だけでなく、武術で生活しているからだ。仮にスキヤキ風とするなら、スキヤキ風で寝て、スキヤキ風で食事をし、スキヤキ風で便所にいく。武術が生活の一部になっているのだ。
カレンはまるで踊るように演武を繰り広げた。これは相手を翻弄させるためのものだ。そして一通り終えると、タオルで顔を拭いた。そして店で購入したカルフォルニアロールを口にする。カニ風味かまぼこにアボカドにキュウリ、表面は白ごまをまぶしたものだ。元は60年代の日本で生まれ、80年代にアメリカ合衆国各地で作られるようになった。カレンの好物である。
「ブラッククノイチ……。学校のみんなにも嫌われている……。ダウンタウンでも目の敵にされている……」
彼女はカルフォルニアロールを食べながらつぶやいた。ブラッククノイチの正体は彼女なのだ。正義のために戦っても誰も理解してくれず、犯罪者呼ばわりされている。彼女はカルフォルニアロールを平らげた後、泣いていた。
「うふっ、うふふ!! すべて思い通り!! みんなが私を変態呼ばわりしてくれる!! この私をゴミムシのように扱ってくれている!! 最高!!」
彼女は目をむき、口を大きく開けて犬のように舌とよだれを垂らしながら喜んでいた。カレンはマゾヒストであった。厳しい訓練も耐えられるし、周囲からの罵倒の声も彼女にとっては歓声にしか聴こえない。
ブラッククノイチは自分が破滅するための手段に過ぎないのだ。
「チンピラに捕まったら私暴行されて殺されちゃうかも……。それを想像するのが楽しすぎるわ!!」
カレンはアヘ顔を浮かべていた。人に見せられない顔だ。学校で教師がブラッククノイチを変質者と呼んでいたのは、大正解だった。
毎日学校で自分をいじめるアンジーは大親友だと思っている。マゾヒストである自分の望みをかなえてくれるからだ。
「でも駄目よ。安易な敗北はダメ。徹底的に対策をしなくちゃダメ。でないと最高の破滅が楽しめないものね!!」
カレンは無意味にチンピラを倒しているわけではない。周囲に仲間がいないか確認してから姿を現している。仲間がいれば姿を見られないよう一網打尽にすることが多かった。祖父の教えで安易な道を歩むなと厳しく教えられてきた。彼女はブラッククノイチとして活躍する前に下拵えをしてきたのだ。
カレンは未来の自分を想像すると、恍惚な笑みを浮かべていた。えへへと不気味な声を上げていた。
「どうせこの世は変わりっこしない。なら私が最高の人生を演出するわ!!」
カレンはそう誓った。
彼女は自宅にある一室に向かう。そこはパソコンが数台置かれており、窓はふさがれている。埃まみれで蒸し暑い部屋だが、カレンにとっては重要な部屋だ。
彼女はパソコンの電源を入れる。そしてキーボードをピアノのように打ち込んだ。
彼女はプログラマーであり、IT会社オーディン社の社長であった。ただし名目上の社長はアンジーの父親、ハワード・サハウェイだ。カレンの両親は優秀なプログラマーであり、ハワードにやとわれていた。
二人の死去、会社は衰退するばかり。カレンがハワードを傀儡とし、毎月決まった金額をもらう契約を交わしていた。
カレンはブラッククノイチであり、IT企業の社長として活躍していた。
彼女はメールボックスを見ると、シェードクリーナーの名前を見つけた。創業時に接触してきたフリーのプログラマーで、カレンの仕事仲間であった。
彼(性別は不明だが、彼と呼ぶ)はカレンの良き友人でもあった。顔を見たことはなく、恐らく一生で会うこともない相棒だ。彼はカレンの気づかない不備に気が付く気の回る性格であった。
正直、もっと罵倒してほしいと思ったが、さすがに顔を合わせたことのない人物に無理な注文をするつもりはなかった。
学生とIT企業の社長の二足草鞋はきついが、カレンには屁の河童であった。
いでっち51号様のアメリカになろう企画の作品です。
イメージとしてはアメコミの仮面アメリカを意識してますね。主人公は超能力を持っていないのでバットマンに近いです。
カレン・ミヨシは日本のジャズ歌手、ミヨシ・ウメキ。ミヨシを三好と勘違いしてました。
ハンナ・ゴールドバーグはハンナはヘブライ語で恵みを、ゴールドバーグは金の山を意味します。
ラトヤ・ブラウンは黒人女性の名前です。
カレンは日系アメリカ人女優、カレン・フクハラからです。
アンジェリーナ・サハウェイは、アメリカの女優アンジェリーナ・ジョリーとアン・サハウェイから取りました。父親のハワードはなんとなくです。
祖父のケン・ミヨシはモンタナジョーの本名から取りました。
マルガリータ・ヴァンダービルトはマルガリータは女スパイ、マタ・ハリの本名で、ヴァンダービルトは薔薇の園を意味します。
ニコール・ウェイクはオーストラリア出身のニコール・キッドマンからとってます。ウェイクは女スパイ、ナンシー・ウェイクからとりました。
ウィリアム・バーベラ・カンパニーはハンナ・バーベラスタジオから取ってます。ウィリアムはウィリアム・ハンナ氏から取ってます。
634堂は任天堂、巌流書店は集英社を意識しています。