八幕 達成報告
スッと弧を描いた光の筋が最後の一つを消し飛ばす。それ以上新しい光が発生してこないのを確認して、俺はようやく肩の力を抜いた。
聖剣を軽く振り淡く放っていた光が消えたのを確認してから鞘に収める。多少疲れてはいたが、まだここで休むわけにはいかない。
「これで本当に終わり……?」
「多分な」
ユートは意外なことに、俺の戦闘中ずっと無言でただ立っていた。もし今回の依頼中俺の邪魔をするようであれば早々に別行動させるつもりだったが、少なくともその必要は無さそうだ。
ユートはゴブリンの死体を見て嫌そうに顔を歪めた。
「これからさっきみたいにこいつらの鼻を削いでいくんだよね? おれ、食用のナイフしか持ってないんだけど……」
「忘れてたな。俺の予備を貸してやる。ちゃっちゃと手を動かさないと日が暮れるぞ」
鞄から出したナイフを押し付けると渋々受け取る。念の為最初の一体は軽く指導したが、少しの間とはいえウィスプ達にたかられたゴブリンは既に血も止まり干からびた状態だったので、普段よりは楽に処理できた。その後は二人で淡々と処理をする。
「こういうのって親玉の首だけ持って行くとかじゃだめなの?」
「ちゃんとした所ならそれもアリだが、場合によっては後から調査しに入った奴らが手柄を奪う事もある。ここのギルドじゃあんま期待出来ねえな」
「世知辛いなあ……」
そういえば、とユートはハッと気付いたように顔を上げた。
「あいつ! あの光るやつって消えちゃったじゃん! あれってどうやって討伐証明するの」
「ああ、通常なら、あいつらが発生してる所ってのはそもそも被害状況がデカい。討伐依頼が出る頃には既に存在が確認された後だからな。被害規模に応じた報酬になる事が多いんだが……」
なにせ魔法が使える奴じゃないと倒せない上に、知らなきゃ不意打ちされて気付いたら全滅、なんてこともある。一般人の場合はそもそも魔物にやられたことにすら気付かないことが多い。
行方不明や突然死の数が目立ってある程度噂になってから捜索隊が発見、討伐依頼なんてのはザラだ。しかし今回の場合は条件が悪かった。
「ここじゃ多分ウィスプがまず入ってきた人間の生命力を奪って、倒れた所をゴブリンが巣に持って帰ってたんだろう。だから遺体は見つからないし血痕すら残ってない。ここで死んだ奴の何人かは行方不明で処理されてるかもな」
おそらく、近隣の行方不明者数を洗えばそれなりの数が出てくるだろうが、この洞窟と結びつけて考える者は少ないだろう。大方、増えすぎたゴブリンが入り口近くまで姿を見せるようになって、気付いた奴がゴブリンを間引いてもらおうと依頼を出した程度のはずだ。
「じゃあ遺品回収して提出してみる? ようは被害者がいるって分かれば良いんだよね?」
「……確かにそうだな」
冒険者なら高額な武器や装備があるため遺品が回収される事はあるが、一般人の場合持ち歩くような貴重品が無いため遺品回収という概念がない。「盲点だったな」と呟けばユートが得意そうに笑った。
その後は二人でゴブリンの鼻を削ぎ落としながら同時に身体をあさり、人間の持ち物らしき物をとりあえず片っ端に回収していく。平民がほとんどなのでやはり金属類は少なかったが、それでもナイフやロケット、ベルトなど原型をとどめているものがいくつかあった。
画期的な方法ではあるが、死体漁りは絵面的にも精神的にもクルものがある。全て終わる頃には二人揃ってぐったりとしながら宿へ向かった。
回収した内容を整理し終え、ついでにユートの登録も済ませようと連れ立ってギルドへ向かう。異臭を放つ大小の袋を持つ俺達はさぞ奇妙だったのだろう。街行く人が足を止めこちらを凝視するのを無視して最短距離でギルドへ入った。
「はい、ランク3の討伐とランク2の採集依頼の達成報告ですね。報告部位を提出してください」
「その内容についてだが、いくつか報告がある」
訝しげなギルド員の目の前で、カウンター上にまずは大きい方の袋を乗せる。
「こっちが討伐依頼のあったゴブリンだ。洞窟の奥で巨大な巣を形成していた。完全に駆除した訳では無いが、あらかた処分したので当分はここまで増えることは無いだろう」
広げてみせるとギルド員の男は絶句した。ここまで大量の討伐部位を見ることはなかなか無いはずだ。それも鼻、少量の血がついて匂いもひどい。引きつった顔で急いで紐を縛った男は、「これは、どうも」などともごもご言い出すが、こちらの報告はまだ終わらない。
「それと吸血コウモリは居なかったが、代わりにネクロウィスプがかなりの数発生していた。おそらくこいつの影響でやられた人間をゴブリンが糧にして増殖したと考えられる」
話しながら続いて小さめの袋の方をカウンターに乗せる。開いて見せるとギルド員は怪訝な顔をしてこちらを見た。
「これは……?」
「ゴブリンの巣で発見した遺品だと思われる品だ。おそらくいくつかは近隣で行方不明者として捜索依頼が出ているだろう。これとゴブリンの数から計算して追加報酬を払ってくれ」
報酬の話になった途端、それまで話の流れについていけず当惑気味だったのが途端に険しいものに変わる。改めて袋の大きさや中身を確認し、青ざめながらもこちらを見る目は鋭い。
「……もともとランク3の複合依頼です。依頼人もそんなに多くは報酬を用意できないでしょう」
「ならギルドからでも捻出するんだな。既に討伐は達成した。まあ、採集の方は場所の確認のみで採ってきてはいないから、そちら分は差っ引いてくれて良い」
いよいよ敵でも見るような険悪な表情を浮かべた男に、俺は面倒だと思いつつ腹を括った。
「いいか、俺はこの袋の中身を昨日確認して目録を作ってある。お前たちが報酬を誤魔化すようなことがあれば、ここら辺の冒険者に噂を流すぞ。『このギルドは信用ならない、使わない方が良い』ってな」
凄みを効かせると怯んだ様子は見せたが、それでも険悪な雰囲気は変わらなかった。ここはもう駄目だなと思いつつ後ろに居たユートにささやく。
「悪いがここでの登録は無理だ。次の街で登録するぞ」
「分かった。でも少し気になることがあるから、それだけ調べてから行くよ」
今までになく強い口調で言われて驚く。何をするつもりか知らないが、余計な騒ぎを起こしてあまり目立たれたくない。こいつがそう暴れるとは思はないが、非常識で何かやらかす可能性はある。しかし闇魔法さえ使わなければ、魔王と結び付けられることは早々ないだろう。
数瞬ためらった後、俺は保護者ではないと自分に言い聞かせながら結論を出した。
「……魔法は使うなよ」
「大丈夫」
静かに告げるユートの顔は被っているフードで見えない。染め粉と魔法で平凡な茶髪になっているはずたが、普段ならわかりやすい感情を読むことが出来なかった。
俺はその場を離れた後、何があったか知らないが、数日後知らされた報酬金額は予想をかなり上回り、きちんと正当な金額が入っていた。ユートにその事を告げると満足そうにしていたので、何かをしたのは確実だ。
なんであれ、一人でも上手くやれそうな奴だと感心しながら、俺はいつ別れるべきかと考え始めた。