七幕 討伐開始
※少しグロ注意
ザクッ、ザシュッ、ドサッ。
テンポの良い惨殺音が洞窟内に鳴り続ける。狭い洞窟の中、一列に並んだゴブリンをまるで作業のように屠りながら、俺は黙々と思考を飛ばす。
やはりこの依頼は少し妙だ。まだ洞窟に入ってそれほど経っていないのに、ゴブリンの群れに出くわした。群れと言うには少ないからおそらく偵察の役割を持つ小隊。なら奥にかなり大きめな巣があるのだろう。本来このような街の近くの洞窟に、ここまで魔物が増えることは少ない。
やっぱりあの目撃情報は───
「──ズ! ジャズ! なあ、無視するなよ!」
「……ん? ああ、悪い」
小声で叫ぶという器用な真似をしたユートが不安そうに俺の背後に張り付いていた。どうやら思考に没頭し過ぎたようだ。目の前には倒し終わったゴブリンの死体が、綺麗に討伐報告用の鼻まで削ぎ終わっている。
「無言ですげー倒してるし怖かったんだけど。これってゴブリンだよな? これで依頼達成?」
「いや、この奥に多分ゴブリンの巣があるはずだ。そこもある程度殺しておく。お前は自分に向かってくる奴だけ相手にすりゃあいい。結界を維持しながら攻撃出来るか?」
「出来るよ」
緊迫した空気が分かったのだろう、ユートが真剣な顔で頷いた。しかしふと思い出す。
「お前、殺すなんて出来ないって言ってなかったか?」
「人殺しとモンスター討伐は違うじゃん。それに、人にさせといて自分だけ逃げる訳にもいかないし……」
お坊ちゃんだが、貴族の甘ったれよりはマシだな。腹を括ったような顔は意外だが、それなら教え甲斐もある。
「恐らく今の群れから一、二匹は逃げて巣に報告に行っているはずだ。向こうの準備が整う前にさっさと倒すぞ」
足早に洞窟の奥へ向かうと、案の定ゴブリンの巣があった。かなりの広さがある空間の横に、無数の穴が空いている。元からある通路もあれば自分達で開けた居住スペースもあるようだ。一番大きな空間は元からこの洞窟にあったのだろう。やはりかなり数が多い。中央にいる一際デカい奴が親玉だろう。
俺は手にしていた短剣を握り直しながら、ユートへ小声で指示を出す。
「俺がまず親玉の首を獲る。そのまま中央から狩っていくから、お前は外側で注意が向く前に、闇魔法だとバレない、かつ小回りの利く攻撃手段で倒してみろ。いいか、大技は使うなよ。生き埋めになるからな」
「うん、わかってる。気を付けて」
「……ああ」
久し振りに聞いた言葉に一瞬思考が止まった。勇者として活動していたこの三年、いや下手したらそれより前から自分にこんな声を掛ける人間は居なくなっていた。調子が狂うな、とガラにもない誤魔化しをしながら切り替える。
目の前にはゴブリンの巣、周囲にそれ以外の存在は見えない。今のうちに終わらせる。
「じゃあ行くぞ。チビんなよ、キョーダイ?」
トン、というかすかな音だけを残し跳ぶ。巣の中央に居たボスが、報告に来た奴に傾けていた耳をこちらに向ける頃には、その首が宙を舞っていた。
この程度の相手じゃ、聖剣を使う必要もない。
最後のゴブリンの首を跳ね飛ばす。ユートも、ちまちまとだが五体くらいは倒したようだ。それほど魔力は消費していない筈だが、やはり精神的な負荷が高いのか、青い顔で肩で息をしている。
「っは、っは、……はぁ、これで、もう、終わりってことで、良いんだよね?」
「ゴブリンの討伐に関してはそうだな」
目の前には大量のゴブリンの死骸。これからコイツらの鼻を全部削ぐのだと思うと嫌気が差す。戦いの間数体が逃げていくのを確認したが、今回の依頼は討伐であって巣の駆除ではない。ここでゴブリンを全滅させても、余計厄介な魔物が住み着く可能性もある。
これで良い、と思っていたらようやくそれが姿を現した。
「えっ、何か光ってる……?」
俺達の視線の先、洞窟のさらに奥の方から漂ってきた無数の光。その小さなふわふわとした玉が、ゆっくりと落ち地面に転がるゴブリンに付着する。
〈幻想的な地獄〉
こいつらの通称が頭を過ぎった。
「ちょっと綺麗だけどなんで死体に……。ジャズ、これって何?」
「結界はまだ解くなよ。さっきまで相手にしてたゴブリンより、こいつらの方がよっぽど厄介だ」
俺は出来る限り血を拭った短剣を鞘に収め、聖剣を手に持った。スラリと抜くと同時に聖剣が淡く光る。
「こいつらの名前はネクロウィスプ。突然現れてはその光に触れた相手から生命力を奪う。瀕死になったゴブリンの生命力を吸いに来たんだ」
さっきの戦いでは魔力を使わなかったので、余裕はあるが油断しない。余計な力を抜いて剣を構える。こいつらを倒すのに力はいらない。
「物理攻撃の効かない、ランク6の魔物だ」
前方を大きく切り払う。軌跡のような光の筋が空間を撫で、それに触れたネクロウィスプがじゅっと音を立てて蒸発するように消え去った。しかし、消した側から新たな光が現れゴブリンに降り積もる。やはりかなり増殖していたようだ。
俺は聖剣にさらに魔力を込めると、そのまま光の玉が消えるまで剣をふるい続けた。