六幕 線引き
ようやく依頼の山に着いた頃には、すでに俺はぐったりとしていた。三日間ぶっ続けで魔物の相手をした時より疲れているかもしれない。考えてみれば今までこれほど長時間話したこともなかった。
やはり慣れないことはするもんじゃないなとため息を吐いていると、すぐ後ろでまたユートが歓声をあげた。
「おお、森だ! でもなんかやっぱ違う!」
「違う……ってのは、お前の世界とか?」
「うん。なんかこう、全体的に大振り? こんな見上げるような大木なんて、なんとか遺産とか貴重な所にしかなかった気がする」
それがこんな街の近くにあるなんて……と真上を見ながら歩くので危なっかしい。転ぶぞ、と言いかけて、そこまですると本当に保護者のような気がして止めた。
植生が違うのは、まあ当然と言えば当然か。同じ国の中でも北と南では採れる薬草なんかもだいぶ変わる。ついでに魔物の種類も。
「この山の麓に出るのはそんなに強い魔物じゃない。それに結晶生物が採れるのはこの山の中腹にある洞窟だ。とりあえずそこまでは魔物を見かけても無視して進む」
「ラジャー!」
何かのポーズなのか、額に手を斜めに当てたユートがやる気十分という顔で答えた。こいつの奇行にも大分慣れてきた俺は、突っ込んでほしそうなユートを無視して前に進んだ。
山歩き自体は、本人の自己申告通り慣れていないようだ。しかしこれも何かにつけて言う〈チート〉のおかげか、体力的には問題無い様子だった。木の根につまずいては驚いたり、上から垂れる支根に顔をぶつけては奇声をあげたりと忙しくしている。山の中の戦闘は当分任せられないな……と思いながら魔物の気配を避けつつ進んでいると、目的の洞窟に辿り着いた。
「よし、これからおそらく討伐依頼が出ている魔物と遭遇するだろう。候補に書かれてたのはゴブリンと吸血コウモリだったが、俺は恐らくそれだけじゃないと思ってる」
「どういうこと?」
「依頼書の目撃情報の所に、正体不明の光の玉について書いてあったろ? 備考に職員がゴブリンの持つ松明だろうと憶測を書いてたが」
依頼書にはギルド職員が確認したあと、補足情報を入れることがある。他の人間が出した依頼と内容が被っていることもあるし、冒険者が別件から持ち込んだ情報なんかもあるからだ。しかしこれの精度も確認したギルド職員の知識量に左右される。冒険者の中には職員の確認したサインを見て依頼書を選ぶ奴も居るくらいだ。
俺が見た限り、ここのギルド職員の質はあまり良いとは言えなかった。
「そういえばあったね。それが間違ってるってこと?」
「さあな。ただ、警戒するに越したことはない。お前は俺が戦闘に参加しろと言うまで、後ろで自分の周りに小結界でも張ってろ」
「えっ俺も戦うの?」
「当たり前だろうが……」
自分の顔を指差して間抜け面をさらすユートに頭が痛くなる。こいつは何故俺がこんな親切に色々教えてやってると思っているんだろうか。
「お前、俺がいつまでも面倒見てやると思ってるわけじゃないだろうな」
「えっ!? あっ……、もももちろん!!」
「……良いか、俺はお前が一人である程度生きていけるようになるまでは色々教えてやるけどな。それ以上付き合う気はねえぞ」
「え……」
俺の断言に、ショックを受けたようにこちらを見て固まる。どうやら早めに言っといて正解だったようだ。こういう甘ったれた所を見るに、元の世界では金持ちのお坊ちゃんだったのだろうか。こういう認識の齟齬が他にもあると面倒だ、などと考えていると、フリーズしていたユートが我に返ったようだった。
「そっか、そうだよね……。じゃ、じゃあ、今回はおれが今後一人で依頼が出来るように色々教えてくれるってことでいいの?」
「まあそうだな。それとお前が何の役職で登録するかの確認がメインだ」
「お、おう。登録とかやっぱあるんだ。……ジャズは勇者で登録……してるわけ無いか」
「勇者なんて登録できねえし、してたらギルドなんか行けるかよ。」
ギルドカードにはランクと名前、役職が基本情報として載っている。依頼を受ける際の確認や、パーティを組む時に必要な最低限の情報だけだ。俺はとりあえず魔剣使いで登録しているが、魔法使いは属性まで必要になる。これがユートにやらせるには問題だった。
「なるほど……!おれの場合は何なんだろう、魔族に習ってたし闇属性とか?」
「多分な。ただ、闇属性ってのは人間には存在しない」
「あー……」
理解した様子のユートに頷く。これはかなり早急に解決しないといけない死活問題だ。
「つまり闇属性で登録した瞬間魔族だと思われる。もっと言や闇魔法を使ったのがバレたら即討伐対象だ。だから適当に誤魔化すために、お前が使える魔法で他の属性っぽい見た目のやつが無いか探さなきゃならねえんだよ」
どうやらここに来て今回の目的が理解できたようだ。少し浮ついた雰囲気だったのが、真面目な引き締まったものになる。やれやれと肩をすくめて、俺は洞窟に向き直った。
ようやく仕事開始だ。