三幕 釜の飯を食った仲
「それで、どうするんです?」
魔法使いがキメ顔で襟を正しながら聞いてきた。後方に居たコイツも全く無事とは言えないが、俺たちと違って服に血が染み込むほどの怪我はしていないため綺麗なものだ。少しは汚れりゃ良かったのにと思いつつ、俺は不貞腐れて投げやりに答える。
「どうもこうもねーよ。魔王は死んで勇者は行方不明。それで終いだ」
「魔王の首を持って帰らなくて良いんですか?」
ぎょっとした魔王が魔法使いを凝視する。こいつ見た目と口調に反して結構言動が過激だよな。俺は徐々に挙動不審になりながら焦りを滲ませる魔王を見て、つい苦虫を噛み潰したような顔になった。
「こいつの首持ってった所で誰が魔王だって信じる? 魔族にも味方はいねぇみたいだし、こいつ殺しても戦争は終わらねえよ」
ほっと胸を撫でおろす魔王。「だよねー」じゃねえよ状況分かってんのか? 魔法使いの方は納得出来ないと顔に書いてある。魔力の高い人間らしいガーネットのような赤い瞳が俺を注意深く覗いた。
そう、今や俺が警戒しているのはむしろこいつの方だ。
「わたしがあなた達のことを国に報告しないとでも?」
「依頼を達成出来ませんでした、なんてノコノコ王城に顔出してみろ。どんな罰が下されるか」
「それでも義務は義務です。少なくとも、我々が全員生きている事は伝えなくては」
なんだ、やっぱりこいつも気付いてたか。
横目に魔王を見ると、コイツも今の言葉で自分の魔法の意味が見破られているのが分かったらしい。挙動不審を通り越して冷や汗をダラダラとかき始めた。その様子を見るに、あれは魔族側には内緒でやったのだろう。
「おい魔王。なんで俺たちを殺さなかった?」
「それもですが、私は彼らが一体どこに転移されたかが知りたいですね」
あの時、戦いの最中に感じた違和感。本当に攻撃が当たったんなら、たとえ跡形もなく飛び散ったのだとしても空気中に血の匂いが交じるはずだ。それにああもこちら側の人間が不意を突かれたのは、こいつに殺意がなかったから。そうでなければ、流石に魔王討伐に駆り出されるような実力者が全く避けられないなんてあり得ない。
純粋な疑問の目を向ける俺達に、魔王は目をグルグルさせながら視線を遮るように顔を手で覆い
「だっ、だって人殺しなんて嫌だし! 出来るわけないじゃん! ていうか一年前までただの高校生だったのに急に命の取り合いなんて出来るか!! くそくそみんな勝手におれを魔王にしやがって、ばかぁ〜〜!!!!」
泣いた。
お前のせいだぞ、と魔法使いに目配せすると、俺以上にドン引きした顔で魔王を見ていた。顔に出さないのが基本の貴族社会で生きてきた魔法使いは、大泣きする人間なんて見たことないらしい。俺は孤児院育ちなのでガキが泣くのも泣かせるのもよくあったが、まあ成人してからは初めてだ。
これは今日はもう駄目だな。早々に見切りをつけて立ち上がる。そのまま背を向けて小屋を出ようとすると、物音を立てないよう慎重に近づいた魔法使いが顔を寄せて来た。
「え、あれ放置して良いんですか?」
「アホ、じゃあ泣き止むまでお前があやすか?」
ギシリと固まった魔法使いが、壊れかけの魔導ゴーレム並にぎこちなく魔王へ目を向ける。一向に泣き止まないどころか席を立った俺達にさらに何かを刺激されたらしい魔王は、余計に大泣きして目も当てられない顔になっていた。
ブンブンブンと勢い良く首を振った魔法使いに思わず鼻で笑う。
「フン、じゃあ大人しく野営の準備でもしろ。どうするにせよ今夜はここで寝る。せいぜい寝首かかれないよう準備しとけよ」
泣いてる人間を放置することにいささか抵抗があるようだったが、本当に俺が気にせず動き始めると魔法使いもどうにか踏ん切りがついたらしい。魔王と俺達の空間を隔てるように結界石を置きはじめる。俺も外で薪になりそうな枝を集めながらふと中を覗くと、魔法使いが何やら話しかけてやっていた。
こういう所が育ちの良さを感じさせる。さっきまで首を獲るだのなんだの言ってたくせに、俺には奴の神経が一生分からんだろうな。
用意ができたので中に戻り、携帯食料の乾物を鍋に入れ火に掛けてふやかせる。ぐずぐずにしたそれに少し味付けをすれば、まあまあマシな食事になった。さて食うか、と椀によそうと横から当然のように差し出された手。魔法使いはこんな食事でもきちんと食べる事を優先する。嫌そうにはするが。
いつもの事なのでため息ひとつで椀を渡してやり、さあ食うかと自分用にもう一度よそうと、今度は後ろから突き刺さる視線。
「さすがに見せつけるだけ見せて食べさせないのは人でなしだと思いますよ、ええ」
「お前、さては絆されたな……」
急に真人間を装い始めた魔法使いにうろんな視線を向けるが、まあ作った量もそれほどギリギリという訳でもない。満足がいくほどおかわりは出来なくなるが、仕方ない。
「おらよ」
「……!」
ため息をついて床に置いてやると、身を守るように自前のマントでくるぐる巻きになっていた魔王が芋虫のようににじり寄ってきた。
あ、と気付いて魔法使いと目で押し付け合いをする。一向に俺が鍋の前から動く気配が無いのを感じ取ったのだろう、魔法使いが仕方がないと言いたげな顔で魔王の側に寄った。そのまま手早くマントの中で手足を縛っていたロープを切ってやると、感動したような視線を向けてくる。
やめろそのキラキラした目を俺と魔法使いで往復させるな。
謎の罪悪感を押し殺してスープをすする。やはり味はいつも通り、可もなく不可もなくと言ったところだった。