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根無し草のジャズ  作者: 53
第一章:魔王討伐
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二幕 ごめんなさい


 転移先は昔一時的な拠点にしていた街、の近くの森にあるあばら家だった。蜘蛛の巣がはう打ち捨てられた民家だが、床と壁があるだけマシだ。抱きかかえるように持っていた魔法使いと魔王をドサドサ落とす。

 

「痛っ! あなたほんと乱暴な……というかここは?」

「うるせーよ。むしろ連れ帰っただけ感謝しろ」

 

 あまり状況を理解していない魔法使いの文句を無視して怪我の状態を確認する。まず突き刺さった槍をゆっくり外しながら肩を止血し、それ以外はそう深手がないことを確認する。自分の怪我はまあいつも通りと言ったレベルだった。問題は魔王だ。どうにも痛みで気絶してしまったようだが、腹部の出血が酷い。

 

「おい、コイツ縛るもん取ってこい」

「私は犬じゃないんですよ。……こちらも治療するんですか?」

「まだ死なれちゃ困る」

 

 ここで死なせたらわざわざ持って来た意味がない。魔法使いが訝しげにこちらを見てくるが、答える気がないのがわかったのだろう、諦めて紐を探しに行った。

 俺は改めて魔王に向き直る。血の気の引いた顔はやはり子どもで、人間として見れば成人してるかどうかといった所だ。魔族の年齢は分からないので何とも言えないが。

 怪我は腹部の1箇所のみ。自分の肩と同様、ゆっくり槍を引き抜きながらヒールをかけていく。しかし大事な所を傷つけていたのか、途中でゴポリと音を立てて血が吹き出したので、諦めて勢い良く槍を引き抜いた。

 

「エクスヒール」

 

 出来ればヒールで止血だけに留めたかったが、仕方ない。傷口を高純度の魔力が包み一気に治す。綺麗に戻った肌を確認しつつため息を吐いた。抵抗できないよう猿轡でも噛ますか。

 適当な布を取り出していると後ろでガタッと音がした。魔法使いが補強材のような太い、しかしボロボロなロープを取り落とした音だった。

 

「ぇ、エ、エクスヒールっ!? 今あなたそれ、聖女の魔法……使えないはずでは!?」

「いっけね。忘れてた」

「忘れてたってあなたねえ!? さてはまた隠してましたね? この転移といい、あなたは隠し事が多すぎる!」

 

 上級回復術は聖女を筆頭に高位の聖職者しか使えない。それが常識だが俺は何故か昔から使えた。面倒なので黙っていたが。

 

「おかしいと思っていたんです。聖女の魔力消費量とあなたの怪我の回復スピードが合わないので……自分で治療していたんですね」

 

 そんな事まで気付いていたのか。やっぱりこいつが一番厄介だな。

 何故か肩を落として納得したように呟く魔法使いを横目に、俺はテキパキと魔王をロープで縛っていく。最後に猿轡を噛ませて完成。魔法使いが騒ぐので起きたらどうしようかと思ったが、一向に目を覚ます気配がない。

 

「おい、今から起こすから俺とこいつの周りに結界を張れ」

「またあなたはそうやって……まあ、良いです。分かりました、結界ですね」

 

 渋々ながら魔法使いが唱えると、周囲を半円状に結界が取り囲んだ。魔力遮断の結界なのできちんと意図は伝わったようだ。俺は魔法自体は使えるが、それほど理論に詳しいわけじゃない。魔法使い相手だと予想外の攻撃を食らう可能性があった。

 俺は一度魔法使いに頷くと、魔王の両頬を叩く。少し叩くだけでは一向に目を覚ます気配が無いので、叩いては声を掛け、起きるまで繰り返すことにする。パンパンパンパンと響く音に魔法使いが頬を引きつらせた。

 

「……おい、おい起きろ」

「んんん……んン!? んんん!ん"んん"ん"〜〜〜〜!」

「うるさい。良いか、お前が妙な真似したら俺がその首切り落とす。この距離ならお前の魔法より俺の剣が速い」


 真っ青になった魔王の黒々とした瞳を覗き込む。黒の中に赤茶の混ざる、あまり人間にも魔族にも見たことの無い色をしていた。

 

「いいな。分かったら黙って頷け」

「……」

 

 ふるふる震えながら頷く魔王の頬は真っ赤に腫れ、涙目になっている。完全に弱者をいじめている図だが、これでも魔王だ。油断はできない。

 注意深く観察して完全に怯えているのが確認出来てから猿轡を外した。

 

「お前が魔王だな?」

「うぇ……、はい、多分?」

「魔族側は俺を殺すためにお前ごと殺る気だった。あれは作戦か?」 

 

 我ながら分かりきったことを聞いた。魔王は初めポカンとしていたが、寝ぼけていただけなのか俺の言葉を聞いてようやく記憶が蘇って来たらしい。じわじわと顔が絶望に染まっていく。

 

「っそうだ! お腹!」

「槍なら抜いた。怪我も治した」

「えっ嘘……ほんとだ痛くない、治してくれてる。えっなんで?」

 

 「さすが勇者ってこと? 敵の敵は味方的な?」などとブツブツ言う姿に鳥肌が立った。本気で言っているなら頭が沸いているとしか思えない。咄嗟に引きつった口元を隠す気にもならない。正直言って気味が悪い。

 関わりたくない気持ちはあるが、そんな相手でも恩は高く売るに限る。

 

「……まあ、そうだな。俺がお前を助けた。命の恩人ってやつだ。感謝しろよ?」

「おお…! マジの恩人じゃん! ありがとう!!」

「よし、ならお礼を貰わなきゃな?」

 

 魔王の笑顔が固まった。

 

「魔王城の宝物庫、行き方と鍵の開け方を教えろ。命の恩人なんだ、それくらいできるよな?」

 

 笑顔のまま徐々に青ざめていく。コイツまじで調子が狂うな……と眺めていると、魔法使いが結界を解いてこちらへ来た。

 

「おい、まだ解くなよ」

「もう戦意がないのは明らかでしょう。それより何です? 宝物庫だなんて! 泥棒にでもなるつもりですか?」

「当然だろ。報酬ももらえないのにこのままじゃ骨折り損だ」

 

 面食らったように固まる魔法使いを一瞥して魔王に向き直る。その顔はようやく事態が飲み込めたのか、顔色は悪いが今まで見た中で一番キリッとしていた。

 分かるよな? と片眉を上げてみせると、魔王は神妙に頷いた。

 

「教えたいのは山々なんですけどぉ……」

「……は?」

「俺魔族に召喚された人間なので。別の世界で生きてたから、ここに来てまだ一年くらい。それもずっと魔法の勉強とか戦いのための訓練ばっかりだったから、お城の中ほとんど出歩いた事ない。なので、わかりません」

「……はああ!?」

「ごめんなさぁい……」

 

 骨折り損のくたびれ儲け。この世で一番嫌いなフレーズが頭を廻る。こんな事なら死んだフリして一人でバックれりゃ良かった。額を抑えて俯く俺に、魔王がまた申し訳無さそうに謝った。

 

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