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3ヶ月が過ぎた。
美鈴の夫の浮気話を聞き、収納以外でも何かあればと連絡先は交換したが、その後、音沙汰はなかった。
(上手くいったのかしら)
そう思いつつも、日々の忙しさに次第に思い出すことも少なくなっていった。
そんな時、美鈴からメールが届いた。
自分がした収納の成果を見て欲しいと言う。
顧客のアフターフォローは大切だ。
美鈴があれから、どうしているかも知りたかった。
真奈は前回と同じ時間に、美鈴のマンションを訪れた。
「真奈さん!」
美鈴が変わらぬ、屈託ない笑顔で迎えた。
今日はまず、お茶を勧められ、収納術でいろいろなものを整理整頓できたと楽しげに報告された。
「ウフフ。やりだしたら止まらなくて。あんなに悩んでいたのが嘘みたいです」
「良かったです」
「使えないものは小さくして、スペースを確保する。そして、また使いたい時は出す。わたしも収納術に、すっかりハマってしまいました」
美鈴の笑みに、真奈も自然と笑った。
この様子だと、どうやら夫の浮気も収まったのかもしれない。
あえて、訊くのはやめた。
「そうそう!」
美鈴が、ポンッと手を打つ。
「ウォークインクローゼットを見てください! とっても上手に収納できたの!」
お茶を済ませた後、2人でクローゼットに入った。
確かに前回の整理が維持されている。
真奈の伝授した収納テクニックを、美鈴も自分のものにしたようだ。
仕事の達成感が、真奈の胸を満たした。
奥の状況を確認しようと、踏み出した時。
男のうめき声が聞こえた。
「え!?」
驚き、真奈が止まる。
美鈴を見たが、少々バツが悪そうな顔をしているだけだ。
(スマホか、テレビの音?)
そう考えるうちに、もう1度、声がする。
間違いない。
クローゼットの奥から聞こえる。
「美鈴さん、この声!」
「そうなんです」
美鈴が頷いた。
「これだけ、困っていて。片付けるのは上手く出来たんですけど」
「え?」
話が見えない。
それに美鈴の落ち着きようが、却って真奈の不安を煽った。
また、声が聞こえる。
「もしかして、美鈴さんには聞こえてませんか?」
幽霊の姿や声が、特定の人にしか認知されない怪談を思い出していた。
「え?」
今度は、美鈴が戸惑う。
「いえいえ、聞こえるから困るんです。片付いたので、スッキリはしましたけど」
「え? ええ?」
ますます分からない。
「美鈴ぅぅ…」
弱々しい男の声が、はっきり聞こえた。
「キャー!」
堪らず、真奈は悲鳴をあげた。
「真奈さん?」
美鈴が真奈の両二の腕を掴み、心配そうに見つめる。
「どうしました?」
「どど、どうしましたって!?」
2人が間近で見つめ合う。
真奈の顔は血の気が引き、紙の如く白かった。
美鈴は驚いてはいるが、基本的には落ち着いている。
「美鈴ぅぅ…もういいだろ…」
「だ、誰ですか?」
真奈が美鈴に問うた。
「え?」
美鈴がキョトンとする。
「誰って?」
「この声です! 男の人の声!」
真奈が今一度、声がするクローゼットの奥を見るが、誰も居ない。
冬物を入れた圧縮袋ハンガーが、数多く掛けられているだけだ。
「主人ですけど」
美鈴が真顔で告げる。
「え!?」
意外な答えに、真奈は眼を丸くした。
「ご主人!?」
「はい」
美鈴が頷く。
「真奈さんが教えてくれたんですよ。使えないものは片付けて、使いたい時に出せばいいって」
「え…は、はぁ?」
「だから、わたし、そうしたんです。しまっておけば、浮気される心配もないし。どうしても逢いたくなったら出せばいいでしょ?」
美鈴が、ウフフと笑った。
「もう許してくれよぅ…美鈴ぅ…ここは狭くて暗いし…お願いだよ…出しておくれよぅ…」
美鈴の夫の、か細い声が響く。
「そんな…まさか…」
真奈の口中は、カラカラに乾いていた。
声が、おかしくなる。
「ご主人を…? そんなバカなこと…」
「バカなこと?」
美鈴の表情が曇った。
「やだわ、真奈さん。わたしは真奈さんに教わった通りに圧縮したんですよ」
「圧縮…ご主人を…圧縮…」
「ええ、圧縮。真奈さんみたいに上手く出来てるか、まだ不安ですけど…そうだ! ぜひ、主人を見てアドバイスしてください!」
そう言うと美鈴は笑顔に戻って、クローゼットの奥に進んだ。
そして、1番奥に吊るしたハンガーに手をかけ、ゆっくりと引き出すのだった。
「美鈴ぅぅ…ごめんよぉ…もう2度と浮気しないから…ごめんよぉ…」
おわり
最後まで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)
大感謝でございます\(^o^)/