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28歳の木原真奈は、収納アドバイザーとして生計を立てていた。
ネットを介して依頼を受け、実際に訪問し、指南を行っている。
今日は午後から、アクセサリー販売会社を経営する34歳の東山美鈴の家にやって来た。
充分な広さの分譲マンションで、美鈴は夫と2人で暮らしているそうだ。
スペース的にも住人数的にも、もっとも真奈の知識が活用できるケースだった。
「何だか済みません」
ブラウンカールヘアの美鈴が謝った。
「お手伝いさんという程でもなくて。わたしが上手く片付けられれば良いのですけど」
「皆様、そうですよ」
真奈が頷く。
「ちょっとしたコツを掴めば簡単です。すぐに出来ますよ」
「ウフフ、ありがとう」
美しい美鈴の笑顔は、屈託ない。
さすが社長だけに、人を惹きつける魅力に溢れていた。
真奈はひとつひとつ丁寧に、美鈴に収納テクニックを伝授していった。
美鈴は熱心に聞き、何度も感心している。
居間、台所周りが終わり、最後にウォークインクローゼットに取りかかった。
「冬物がどうしても、かさばってしまって」
美鈴が表情を曇らせる。
「そうですねぇ」
真奈は思案した。
持ってきたアイテムをカバンから出す。
「シーズンオフのもの、この時期使えないものは圧縮してスペースを確保するのがオススメです」
「圧縮?」
「はい」
真奈はボリュームのあるアウターを中心にハンガータイプの圧縮袋に入れ、どんどん空間を作っていく。
あっという間に、クローゼットは片付いた。
「まあ! 素敵!」
美鈴が満面の笑みになる。
「魔法みたい! 先生、ありがとうございます!」
「先生なんて! 真奈で」
「ウフフ、じゃあ、真奈さん。ありがとう」
「お役に立てて嬉しいです」
「でも、わたしにも出来るかしら?」
「コツが掴めれば、どうということもありません。大丈夫ですよ」
「はい! 頑張ります!」
2人は笑い合って、居間に戻った。
美鈴に勧められ、紅茶と菓子をご馳走になる。
洒落たデザインのテーブルを挟み、ソファーに座った2人は他愛ない話で盛り上がった。
すると美鈴が、急に暗くなる。
「真奈さんは結婚してるの?」
「はい、してます」
「旦那さんのお仕事は?」
「保険会社の営業です」
「そう…」
真奈が眼を伏せた。
「美鈴さん…?」
「主人がね」
美鈴が、とつとつと打ち明けだした。
「わたしの会社で働いてるの」
「そうなんですね」
「でも、あまりやる気がなくて」
「え…」
「何度注意しても、治らないの」
「は、はぁ…」
何とも答えにくかった。
「それだけなら、まだしも…」
美鈴が両膝の上の両手を、ギュッと握った。
「部下の女性社員と浮気してるのよ」
「ええ!?」
真奈は驚愕した。
ずいぶん深刻な悩みだ。
今日、会ったばかりの真奈に相談するとは、美鈴は相当追い詰められているのだろうか。
きっちりと座り直した。
「美鈴さんは、どうしたいですか?」
「それは…」
美鈴が、言い淀む。
「私は何でも、すぐに片付けたい性格なので」
真奈は続けた。
「もしも美鈴さんと同じ状況なら、離婚して前に進みます」
断言した。
「わたしは…まだ、そこまでは…」
「愛していらっしゃるんですね」
「そうなのかしら? 臆病なだけかも…また1人に戻るのが怖いんです」
「そうですか…」
真奈は両腕を組んだ。
「それなら、様子を見ますか? しばらくすれば、ご主人も眼が覚めるかも」
あまりに希望的観測だが、美鈴を少しでも慰めたかった。
「そうですね…そうするしかないですよね…」
美鈴が、ため息をつく。
「わたし、本当に何かを片付けるのが苦手で…ダメですね」
「ダメじゃありません。少なくとも、今日お教えしたテクニックを使えば、ものは片付きます。ものが片付けば、スッキリしてストレス解消になりますよ!」
「真奈さん…ありがとう」
美鈴が、瞳を潤ませた。