表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/38

明日の向こうのその先の

 好きな人をただしく好きでいたいだけなのに、どうしてそれができないのだろう。抱えた膝に顔を埋め、溢れ出た涙はわたしの頬を濡らしても、心は依然として乾いたままだ。

 皺一つないアイロンのかかったシャツ。ヒゲの剃り残しはなく、爪は短く揃えられ、髪はきちんとセットされている。みな等しく苗字に敬称をつけて呼び、その声のトーンもスピードも耳馴染みがよく、普段は柔軟剤のいい匂いがして、夏になれば汗ではなく汗ふきシート特有の匂いが混じる「清潔感のある社会人男性像」の一つ一つを集めてできたような人が彼だった。それが何を意味するかなんて幼いわたしはわかっていなかった。

 そういえば指輪はつけないんですか? 開かれた飲み会で同僚の一人が問いかけ、彼は「金属アレルギーでね」と困ったように笑った。配属されて半年、遠くから見ていた日々を足して三年。ようやくわたしは彼を構成する半分が女性の手によってもたらされたことを知る。視界がぐらりと揺らいだ瞬間「酔ったみたいなんで送っていきます」と誰かがわたしの腕を引いた。アルコールと汗の匂いが混じるその正体はよれたシャツに身を包んだきみだ。

 数刻経ち、力なく座り込むときみは黙って隣に腰を下ろした。とめどなく溢れる涙。どれだけ醜い姿をしているんだろう。「好きな人をただしく好きでいたかっただけなのに」よりにもよって、こんな一番ただしくないことを。しゃくり上げ、ついには声も出なくなった頃「心の中で何を思っても、それを言葉にしたり行動にしたりしなかったなら、それはきっと、ただしい」ときみの声が聞こえる。それからきみは口を開かず、わたしの涙が枯れるまでずっと隣にいた。それは、今度こそ言葉にしてもただしく在るものだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ