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言葉をひとつなくすなら

 この世界から言葉をひとつなくすなら。その概念ごとなくすなら。大学の講義中に、講義の内容とは全く関係なく投げられた議題に、わたしは心の中で即答した。

 数ヶ月経った頃、思い出したかのように誰かがその話を始め、きみは迷いなく「嫌い」をなくすと答えた。言ったほうも言われたほうも悲しくなるし、概念ごとなくなるのなら、嫌いがなくなるとみんな幸せになるんじゃないかと。やさしいきみらしいなと思って聞いていると、わたしはどうかと尋ねられ、わたしも「嫌い」をなくしたいと答えた。そんなこと、これっぽっちも思っちゃいないのに。

 この世界から言葉をひとつなくすなら。その概念ごとなくすなら。わたしは迷いなく「好き」をなくすと答える。概念ごとなくなるのなら、きみがあの子を好きな気持ちも、わたしがきみを好きな気持ちも、どちらもなくなって、手に入らない悔しさも、あの子に対する妬みも、負の感情すべて最初から生まれることなどないのだから。そもそもきみに嫌いなものなんてあるのと聞けば「トマトの、噛んだときに破裂して果汁が飛んじゃう、あれが苦手」と答えられて、なんて平和なものなんだと笑った。

 きみはきみのままでいい。「嫌い」をなくすと言う、やさしいきみのままで。だからこそわたしはきみを好きになって、だからこそわたしは「好き」をなくすと言うのだ。

 言葉をひとつなくすなら。きっとそれが叶えば、わたしの世界の輝きも、すべてすべて失われるのだろう。

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