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破りたい約束

 思い出せる一番最初の母の教えは、五歳のときに言われた「人に物を貸したり借りたりしてはいけない」というものだ。それなのに当時保育園で一番仲のよかった女の子にお気に入りのヘアゴムを貸してと言われて貸してしまった。結局そのヘアゴムが返ってくることはなく、それどころか、それがきっかけで仲が悪くなり、大好きな友人とお気に入りのヘアゴムを同時に失ったわたしはようやく母の言葉の意味を思い知ったのだ。

 それからというもの、数ある約束事の中でそれだけは守り続け、本の一冊も貸し借りしないわたしにときどき難色を示す友人はいたけれど、五歳のときに感じた悲しさを思い出しては、頑なに首を横に振り続けた。だというのに置かれた現状はなんだろうか。挨拶以外に言葉を交わしたことのないきみが早朝の教室でわたしの前の席に対面するように座り、「その本読み終わったら貸して」と言う。ただでさえ人と貸し借りをしないと決めたのに、教室で本を読んでいるのを見たことがなく、失礼ながら読むタイプにも見えないきみに貸すなんてことはありえない。そんなことを思っていたはずなのに、わたしの口は勝手に肯定の言葉を発した。

 一週間後、とっくに読み終えた本を机の中にしまっている。あれからもきみとわたしは挨拶以外の言葉を交わさなかったし、きっとあのときはその場のノリで言っただけなのだ。そう結論づけてもなぜか持って帰れないでいると、早朝の教室にきみが現れた。約束を反故にするのも簡単なのに、机の中から本を取り出すと、きみは満面の笑みを浮かべた。

 心臓が大きく音を立てる。母や自分自身にした約束を破ってまできみと約束した理由を知るまで、そう時間はかからないのかもしれない。

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